ケータイ小説 野いちご

偽恋人からはじまる本気恋愛!~甘美な罠に溺れて~

第五章 すべての始まり 樹side

“一目惚れ”

そんなロマンチシズム的な思考、俺には皆無だと思っていた――。


「お待たせしました。五種のチーズの盛り合わせと、こちらピングスのグラスになります」

「ああ、ありがとう」

たまたま視察と称して訪れたスペインバル“イルブール”は、店は小さいながらも大衆染みた雰囲気があって、少し飲みたい時にフラッと立ち寄れるような落ち着ける所だった。気づけばひとりで週に一回、多い時で三回通うようになっていた。なにげに気に入っている憩いの穴場スポットだ。

ハァ、今回の取引先のオーナーはなかなかクセが強そうだな……。

今日の商談のことを思い返し、いつものテラス席で赤ワインを飲みながらチーズを摘まむ。

ほんの安らぎのひとときを心行くまで堪能したいのは山々だったが、今夜はあまり時間がなかった。家に帰ったら書類をまとめてそれからまだやるべきことが山のようにある。それでも、わずかな時間を割いてでも、俺は自然に癒しを求めて今夜もイルブールへやってきた。そのとき、店内からピアノの旋律が聞こえてきてハッとする。

俺には、ここの店に来るもうひとつの目的があった。

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