「失礼、此方側の護衛の準備を整えてからご案内しますので、その旨王女殿下に御伝え下さい」

ジークは王女の方は一切見ずに、メイドに淡々とそう伝えてからさっさと貴賓室の控えの間に移動した。

またアザミが鼻で笑っている。

私達第一部隊のメンバーは控えの間に入った。すぐに消音魔法と魔物理防御魔法を部屋にかける。

「何だありゃー!」

クラナちゃん、聞こえてないとはいえ声大きいよ?

パルン君がお茶を準備しに給湯室に入って行った。

「常識の無い方ね。お里が知れるというものです」

アザミ…一応お里はブーエンの王国の王女様らしいですよ?

ジークは溜め息をつきながらソファに腰かけた。

「分かっただろ~?王女の枠を飛び越えてグイグイくるんだ、あの人…」

ヨーデイさんも呆れたような顔で扉の向こう、貴賓室を見ている。

「何もあの方が恥をかくだけではありませんものね~王族の醜聞は国の恥…。まあ高位貴族の方々なら幼少期から叩きこまれている常識…ではありますよね」

「庶民ですらもう少し弁えているよ。仕事の場で逢引に誘うなんて非常識だよ」

ジークがそう言ったので、気が付いた。あれ逢引の誘いだったのか…

アザミはパルン君の淹れてくれたお茶を飲みながら私を見た。

「これは勝負にならないわね、ミルフィの一人勝ちじゃない?あれでは異性どころか同性にも嫌がられてしまうわ。貴族の令嬢の世界は強烈な縦社会でしょう?上位貴族で在らせられる、王族の方が見本にならない行動するなんて…ブーエン王国では令嬢の方々がアレより優雅に見えてはいけないし、アレより慎ましやかに見えてはいけないし…本当に身の置き所がないと思うわ、お気の毒」

そうだった、令嬢のトップに君臨している王女殿下が自分より見劣りしてはいけないのだ。公の場では王女殿下を立てなければいけない。確かにアレでは辛いわ…。薄化粧メイクにするくらいしか対処出来ない。

すると廊下が少しざわついて、コンコン…とノックの音が聞こえてきた。

「ジークレイ様?ジークレイ様いるのでしょう?ここを開けて下さいな」

度胆を抜かれた。王女自らがドアをノック?あ、そういえばブーエン王国で夜這…失礼、夜の訪問をうけた時も、単独で客間に来た…とかおっしゃっていたわね。

するとアザミが、ホホホと高笑いをした。本気の笑いのようだ。

「あ~おかしぃ…本当に面白いわね。ジークレイ少佐、構いませんでしょう?パルンさん開けて差し上げて?私達が貴族の常識を教えて差し上げれば宜しいのですよ」

するとパルン君とヨーデイさんが慌てている。

「アザミ様…あの流石に不敬では…」

「何をおっしゃるの?カイトレンデス王太子殿下の前で殿下を部屋に残して、離席されるなんてあちらが不敬ですよ?」

ズババッ!とまたもぶった切ってきたアザミ姐さん…。本当に怖い。

するとムスッとしたカイトレンデス殿下が貴賓室の続き扉から入って来られた。

「誰かなんとかしてくれよ…」

本気で殿下は困っているようだ。パルン君は意を決して控えの間の扉を開けた。

パルン君が扉を開ける前に私とアザミ、クランちゃん3人は淑女の礼を取って待ち構えていた。ヨーデイさんとパルン君、そしてジークレイもソファから移動し壁際に移動してる。

「あ、ああ、開けてくれたのね。ジークレイ様、さあ出かけましょう!」

私達はガン無視されている。ここでは「楽にして。」などの声かけを上位の者がしなければいけない…常識では。

足が吊りそう…

「もうよいぞ」

代わりに見かねたカイトレンデス王太子殿下が声をかけた。

ジークの前に王女殿下が近づき、腕を取った。

ギリッ…部屋の中の魔圧が上がり家鳴りしている。私もピリッときて魔圧を放ってしまったわ。

ジャレンティア王女は気が付かないのかジークの腕を取ったまま話を続けた。

「ジークレイ様、この間も伝えたでしょう?私と結婚して?私をお嫁に迎えて」

ああんっ?

とか聞こえそうなほどの魔力がジークから放たれている。

ジャレンティア王女殿下はチラリと私を見た。あら?その目はぁ?

隣にいるアザミが気が付いたのか舌打ちした。アザミさんあなたも公爵家のお嬢様ですよ?

「私がおりますから今いる方は、第二夫人にでもさせればよいのですよ」

魔力がお腹から込み上げてきて吐き出しそうなくらいになった時に、ジークが静かに口を開いた。

「私の嫁はこの世でたった一人なのです。どうしてもとおっしゃるなら私は侯爵家から籍を抜いて庶民になることにします。そうなりますと私は庶民ですので、身分違いで殿下の降嫁は御受け致しかねます」

ジーク!そうかっその手があったわね!

「そ、そんな…でも、だ、大丈夫よ!私があなたの生活の保障するわ!」

アザミが息を飲んだ。勿論私もだ。王女殿下は必死で言い募る。また私を見て…もう隠すことはしないらしい。扇子で指し示し出した。

「あなたは私と結婚すればいいのっ何も心配はいらないわ!私がお嫁にきてあげるから!」

私は堪えていた何かがブチンと千切れた気がした。すると横に居たアザミが耳元で任せなさい…と呟いたのが聞こえた。

「お初にお目通り致します。アザミ=シンクサーバ公爵家の者で御座います。ジャレンティア王女殿下にお伺い致しましても宜しいでしょうか?」

アザミがそう言って王女の「話せ」を待っていても王女は一向に語らずに

「あなたには用事はないのよ!」

と言い放った。これは…アザミは絶句している。

私はもう我慢が出来なくて口を開いた。

「ジャレンティア王女殿下はジークレイと結婚してどうされるおつもりですか?」

王女は私に怪訝な顔を向けてきた。

「そんなもの決まっているわ!ジークレイ様と愛を睦み合って~子供に恵まれて幸せになって…」

そうか…この王女。

「結婚したければ第一夫人にでもなれば宜しいですよ」

私の発言に皆がぎゃっ…とか、まぁ…とか悲鳴?を上げた。見ると王女は顔を輝かせた。

「まああ、そう!じゃあジークレイ様ぁそうしましょう!」

「っおい…!?」

ジークがイライラして私を睨んできたが私が話そうとしているのに気が付いて、黙ってくれた。流石、旦那ね。では…

「では、今すぐジークレイのお住まいを見つけてきて下さいな。今お住まいのあの家は私の名義なので」

「え?」

「それと…老婆心ながらご結婚されましたら、ジークレイのお世話は全部殿下が替わって下さるのですよね?あ~良かった嫁とはいえ、旦那の下着洗うのはきついわ~」

「おい…」

何故だが合の手をジークが入れ出したけど無視無視…

「それと更に老婆心ながらジークレイのお給金お幾らかご存じ?今、殿下がお召しになっているドレスの五分の一くらいの金額ですよ?」

「おい…ん?大体合ってるのか?」

「王女殿下はご結婚されたら普段はどのようにお過ごしになられますの?」

ジャレンティア王女殿下はやっと我に返ったのか、顔を歪められて私を睨みつけた。

「普段なんて…お友達とお茶会…商人を呼んで次の夜会のドレスを作ったり…貴族の夫人としては当たり前の生活ですわ!」

「…」

流石にジークも合の手を入れなくなってきた。その代わり呆けたように王女殿下を見下している。

「何言っているのあの方…」

とアザミが呟いている。そう…ここにいる皆さんはもう分かっているし、敢えても口にしていないことをこの王女は知らないのだ。知っていて気が付いていても何とかなる…と思っているかもしれないけど…

「先程も申しましたけれど、ジークレイの月のお給金はそのドレスの五分の一ほどの金額ですわ。それでも軍で役職付ですので高給取りですのよ?ジークレイとご結婚したらそのドレスを買う為に半年間飲まず食わずですわね」

王女殿下はポカンとした顔をした。そしてジークレイと私の顔を交互に見ている。

「ジ…ジークレイ様は侯爵家の方じゃない!?ご実家から援助して頂けるから問題ないでしょう!?」

「援助…と簡単に申しますけどドレス以外に靴や宝石も買われるのではないですか?しかも何着も…ではお二人の家の家賃はどうされます?それに家の中の家事、掃除は?王女殿下がなさいますか?」

王女殿下は狼狽え始めた。

「それはメイドがするから…」

「メイドの雇い入れは誰がしますか?ジークレイはそんなお金は無いですよ?」

王女は廊下にいるメイドと侍従に突然声をかけた。

「あ、あなた達は来てくれるわよね!ね?」

「あの方々もお給金を頂いてブーエン王国に雇って頂いて働いておられます。賃金が発生しております。無償ではありませんよ?今、御伝えした他にも子供が出来たら養育費、学費…果てしなくもっともっとお金がかかります」

王女殿下は半笑いになりながら私に向かって叫んだ。

「だったら父に、お父様に出してもらうわ!私ブーエン王国の王女だもの!」

室内はものすごい静寂に包まれている。ブーエン王国の侍従やメイド達は何故か私に言わせたい放題だ。止めないのかな…

「ジークレイと結婚されると降嫁せねばなりませんよ?王籍から抜けますが?」

ハッとして王女は口許を押さえたがまた笑いながら私に叫んだ。

「お父様なら援助して下さるわ!私には優しいものっ!」

「ブーエン王国の国民に自分のドレスや宝石を買う為に金をよこせ…と一生強請って生きられるのですか?」

王女は目を見開いた。

「だって…だってわた…し、王女だも…」

「ええ王族には義務があります。国民から頂いた税で生きているのですからそれに見合った責務があります。各国歴訪、工場や農地の視察、慰問…やるべきことは沢山あります。王族ですからね。あなたはジークレイと結婚して子供が出来て幸せで…とおっしゃいましたが、ジークレイは軍人です。戦争が起きれば家には帰ってきません。大型の魔獣討伐にも行くこともあります。怪我もあります、死ぬこともあり得ます。子供をかかえて働けますか?」

私は息を吸い込むと一気に畳掛けた。

「ジークレイは手がかかりますよ?侯爵家のご子息で世間知らずですし。市場で買い物もされたこともありません。部屋も片付けられないし、ごみの山にしてしまいます。怒りっぽいし…嫌味っぽいし。打たれ弱いですよ?」

「ちょっと段々悪口になってないか?」

流石に言い過ぎたかな?ジークがすんごい目で睨んでくる。

「幸せになる為にはあの面倒くさい旦那と付き合っていかねばなりませんよ?ジークレイの内面を良くご覧になりましたか?」

王女殿下は真っ青になってジークレイを見た。ジークレイはムスッと口を尖らせている。

すると横で黙って聞いていたアザミがホホホ…と小さく笑いながら言った。

「結婚したらすべてが上手くいくなんて幻想ですわよ、結婚してからが現実ですわよ」

嫁にまだ行ってないのにアザミの言葉には重みがあった。

王女殿下は足早に逃げ出した。