その頃は、今ほど煩くはなかったので、夜の世界に未成年の少女でも簡単に入れた。

 一応、年齢の確認出来るものをと面接の時に言われはしたが、同級生の姉の保険証を無断で借用し、それで通用した。

 紀子が選んだ店は、大阪のミナミでも有数な高級クラブで、通う客達は皆一晩で何十万と金を落とす連中ばかりだった。

『葉山さつき』という源氏名を選んだのは、マネージャーであった。


「紀ちゃん、君は今ダイヤモンドの原石や。素材は最高やが、磨き上げへんかったらただの石ころにしかならへん。ええか、今夜から俺の言う事しっかりと聞くんやで。そうすれば、一年でエル·ドラド一のホステスにしたる。
 で、源氏名やけど、特別に『葉山』の苗字を付けたるわ」

「はい」


 紀子が入店した『エル·ドラド』は、十年前にオープンした。

 その当時、店の№1に葉山という名前のホステスがいた。

 ミナミで伝説となった女。

 その後、彼女が引退した後は葉山の名前は一切使っていない。

 それ程の名前を、マネージャーは紀子にくれたのだ。


「下の名前は自分で考えるんやで」

「はあ……けど、お店での名前って本名じゃあかんのですか?」

「あのな、店での姿とプライベートはまるっきり別もんにしなあかんのや。ええか、芸能人の殆どが芸名を名乗るんは、そうする事で普段の自分とは別なんやって意識する為なんやで。
 夜の世界も一緒。銭をぎょうさん使うて下さるお客様達に一時の夢を与えるんがうちらの商売や。女優になりい。その為の源氏名なんやで。
 まあ、前の葉山はすみれちゅう名やったから、その流れで花の名前にするのもええかもな」


 そして、紀子はさつきと名乗る事にしたのである。

 勘が良いと言うのか、紀子は周りが驚く程の速さで仕事を覚えて行った。

 ベテランのホステス達を尻目に、彼女は三ヶ月程して店の№1となったのである。