「4番差せっ!」
 全霊を込めた熱い応援が、5秒後にはため息に変わる。
 3日分のバイト代が一瞬で紙くずとなった。
 タクトは今、千葉県のとある競馬場に来ている。バイトが休みの日には、朝から夕方まで競馬場に入り浸る。時間の経過とともに、外れ馬券が増えていく。ただ、たまに大きいのが当たるから厄介なのだ。買った馬券が絶対に外れるのなら、競馬なんてとっくにやめている。
 現在大学2年のタクトは、友人に誘われたのがきっかけで競馬にのめり込むようになった。競馬が開催される週末には、必ずと言っていいほど競馬場に足を運ぶ。予定が入って競馬場に行けないときでも、空いた時間を見つけては場外発売所に赴き、馬券を購入する。そんな悪習慣がすっかり身に染みてしまった
 パドック(注1)で馬の状態を観察していると、ポケットの中でスマートフォンが鳴った。画面には、バイト先の学習塾の名前が表示されている。
「はい、長谷川です。お疲れ様です」
「おう、お疲れ様。このあと、時間空いてる?」
「はい、今日は空いてますよ」
「実はね、古田さんに急用ができて来られなくなっちゃってね。ピンチヒッターとして3時間目から来てほしいんだけど、いいかな?」
「はい。大丈夫ですよ」
「ありがとう。いつも助かるよ」
 電話を切ると、左腕にはめている腕時計に目をやる。12時27分。3時間目は16時10分から始まるので、14時までにここを出れば間に合う。塾で欠員が出たら、できるだけピンチヒッターとして駆けつけることにしている。そのおかげで、塾長や同僚から信頼を得ることができている。塾の時給は、コンビニや居酒屋に比べて高い。そのおかげで、ギャンブルに多額のお金を吸い取られても何とか生活が成り立っている。しかし、破滅するのも時間の問題だろう。すでに、競馬がライフサイクルの中心となっている。また、刺激を求め、賭ける金額も次第に大きくなっている。このままでは、給料が増えてもそれに比例して失う金額が増えるだけである。この状況に危機感を抱いてはいるが、すでに自分ではギャンブルに対する衝動を抑えることが出来なくなってしまっている。

(注1)パドック 競走馬がレース前に周回する場所