「花菜ちゃん」


 聞き覚えのある優しい声に振り向いた。


「敦子(あつこ)さん」


 平瀬(ひらせ)敦子と、その後ろに夫の頼人(よりひと)が立っていた。
 二人とも両親の大親友で、花菜が幼い頃には、一つ上の敬也と二つ下の敦大の三人でよく遊んでいたのだ。


「火葬場まで来ていただいて、ありがとうございます」

「二人の親友だもの。それに、花菜ちゃんと少し話がしたくて。今、いいかしら?」


 その話の内容に、花菜は驚いてしまった。
 それは、これから平瀬家で一緒に暮らさないかという事だった。


「花菜ちゃんのお祖母さんにもお話してみたら、返事は花菜ちゃんに任せるっておっしゃっていたわ。どうかしら? 今年は受験生だし、今の時期に転校するのは大変でしょ? だから、私たちの家を使わない? あなたが困っているなら、助けてあげたいの」


 今住んでいるアパートの家賃を払っていくことは難しく、選択肢は祖母の住んでいる伯父の家に入る以外はないと思っていた。

 この町から離れなくても済むのなら、友人たちと離れずに済むのなら――


「でも、悪いです」


 小さく返すと、今度は敦子の後ろに立っていた頼人が口を開いた。


「悪いと思っていたら、こちらから声をかけたりしないよ。遠慮しないで。本当に、花菜ちゃんの力になってあげたいんだよ。弘(ひろむ)と里花(りか)の子を大変な目に遭わせたくないんだ」


 そして二人は、穏やかな微笑みをくれる。それは、本当に温かな笑顔だった。
 花菜は少し躊躇ったけれど、


「……えっと、じゃあ、取りあえず一年間だけ、宜しくお願い致します」


 深く頭を下げながら、遠慮がちに、そう答えた。






 ホームセンターのカーテン売り場の前まで来ると、花菜はデザインよりも値段を見て回る。なるべく安いものを買おうと思っていた。


「遠慮しないで、好きなものを選んでね」


 カーテンのサンプルを眺めていた敬也が彼女に言った。


「お金は私が払うから。お祖母ちゃんからちゃんと貰ってるし」

「だめだめ。そんなことをさせたら、僕が両親に怒られちゃうよ。花菜ちゃんを誘ったのはうちの両親なんだから、うちが出すのが当たり前」

「でも……」

「あ、ほら、これなんかどう? 可愛いんじゃないかな。あ、こっちのは?」


 敬也は楽しそうに、爽やかな色彩のカーテンをひらひらと揺らして見せた。