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撃て、流星のごとく

第一章 出会いの弾丸


 時は戦国。
 ここは遠江国(とおとうみのくに)の引佐郡(いなさぐん)にある井伊谷(いいのや)という小さな里。
 四方を田んぼでかこまれた、のどかなところだ。

 里のど真ん中にある小高い山には、井伊谷城(いいのやじょう)という、これまた小さなお城がたてられていて、井伊直虎(いいなおとら)という女の城主がいるらしい。
 女なのに虎って名前は、ちょっとかわいそうだと思わないかい?
 

「でも、人のことは言えないんだよな」


 なぜなら俺の名前は伊織(いおり)。男とも女とも区別がつかぬ名前だからだ。
 言うまでもなく、れっきとした男である。
 ひっこみ思案(じあん)で優柔不断、そのうえ見た目も色白で一見ると女と区別がつかない俺。
 周囲から「もっと男らしくしろ」と叱られっぱなしだが、こればかりは生まれつきだからどうしようもないと諦(あきら)めている。

 そんなどうでもいいことを考えながら、収穫を終えた畑に寝そべって空を見上げていた。
 秋のおひさまは柔らかくて好きだ。
 夜(よ)あけ前から働きっぱなしで、くたくたになった体を、優しく包みこんでくれるんだ。
 
 
「こらあ! 伊織! どこに行った! さぼってんじゃないよ!!」


 十八にもなって母ちゃんに雷(かみなり)を落とされているのは、里を見渡しても俺くらいなもんだろう。
 今の母ちゃんは死んだ父ちゃんにとっては二番目の妻で、俺とは血がつながっていない。
 母ちゃんの実の子である弟には優しいが、いつも俺に対しては厳しいから、正直に言ってあまり好きじゃない。

 ちなみに俺の家は貧しい農家で、兄ちゃんは父ちゃんの跡をついで立派にやってる。かわいいお嫁(よめ)さんも隣村からもらってきた。
 でも次男である俺は、器量が悪いせいか婿養子にだされるあてもなく、いつまでたっても家の穀潰しだ。弟は家から出て商家へ奉公に出ることが決まっているから、余計に肩身が狭い。
 兄ちゃんだけは優しくしてくれるが、母ちゃんたちの目は日に日に厳しくなっていく一方……。
 
 
「はあ……。俺はこのまま年老いていくのかな……」


 横に置いた宝物をなでながらため息をついた。
 それは『火縄銃(ひなわじゅう)』。近くで戦が起こった時に、たまたま落ちていたこいつを拾ってきたんだ。
 もちろん銃弾はないし、一度も撃ったこともないから、撃ち方すら分からない。
 でも、こいつといると心が落ち着くのだから不思議なものだ。


「お前も俺なんかの手に渡らなけば、もっと活躍できていたのかもしれないのに……ごめんね」


 もちろん銃から返答などくるはずもない。でも、小さく首を横に振って『そんなことないよ』と慰めてくれている気がしたのは、毎日綺麗に磨いているからだろうか。


「俺も侍になりたかったなぁ」


 領主様のために、命を惜しまず奉公する。
 そんな侍に憧れていた。
 なれるはずもないのは分かっている。だからもし生まれ変わることができたなら、次は立派な侍になりたい。そして、右手にあるこいつで、領主様を守るために戦場を駆けめぐりたかった。


「伊織! 次男のお前が家の命令に従えないなら、今すぐ出てけ!」


 母ちゃんの怒声が耳をつんざくと、冷たい現実に気持ちが重くなる。
 でも、俺はこうつぶやくしかないんだ。

「夢を見るのは諦めよう」


 俺はゆっくりと立ち上がり、家の方へ帰ろうとした。
 ……と、その時だった。
 
――パカッ。パカッ。

 という馬のひづめが地面を蹴る音がしたかと思うと、立派な甲冑を着た侍たちが前方から見えてきたのだ。
 
 
「みな道を開けるのだ!」


 外で家畜をあやしていた村の人々が大声をあげる。
 みながあぜ道の両脇で腰を低くする中、俺は田んぼのど真ん中で突っ立っていた。
 一騎の騎馬武者を先頭に、数人の徒士の侍たちが続いていく。
 
 
「これが侍か……」


 何度か遠目に見たことはあったが、こんなに間近に目にしたことなど人生で初めてだ。
 腰に差した刀に、黒光りする甲冑。
 あちこちに穴が開いた服装の俺とは、まるで別世界の住人のようだった。
 
 
「伊織! 腰をさげんか!」


 道ばたから隣に住むじいさんの声が聞こえてきた。
 しかし俺は棒立ちしたまま動かなかった。
 いや、動けなかったんだ。
 なぜなら隊列の中央で馬を進めている武者に、俺は目を奪われてしまったのだから……。


「なんだあれは……」

 
 真紅の糸で編み込まれた鎧の上に、純白の羽織。
 金色の前立てが眩しく光る兜。
 そしてその兜の下からわずかに見える、透き通った白い肌と小さな唇。
 ひときわ目立つその武者は、まるでこの世に降り立った吉祥天(きっしょうてん)様のように輝いていた。
 
 
「美しいな……」


 そんなありふれた言葉だけが口をついて出てくる。
 と、その次の瞬間だった。
 
 
「そこの若いの!」


 急に馬上の武者から声をかけられたのだ。
 しかも驚くべきことに若い女の声ではないか。
 驚きのあまりに腰を抜かしそうになってしまったが、すぐに気を取り直してひざまずいた。
 

「よいよい、頭をあげよ」

「はい……」


 気のない返事をして頭を上げると、侍一行だけでなく村人たち全員の目が俺に集まっている。
 中でも遠くから母ちゃんが、鬼のような形相をしているものだから、思わず頬が引きつってしまった。
 すると女の武者は口元に笑みを浮かべて続けた。
 
 
「そう怖がらずともよい。お主に一つ問いがあるのだ」

「はい……」

「お主は鉄砲を撃てるのか?」


 俺はちらりと武者の方を見上げた。
 深くかぶった兜の奥に、大きな瞳がきらきらと輝いているのが見える。
 俺よりも五つは年上に違いない。
 長いまつげが印象的な目が俺の瞳に映った瞬間に、彼女はさらに笑みを大きくした。その笑顔を見て、さらに胸がどきどきと高鳴る。若い女性になれていない、というのもあるが、彼女に引き込まれてしまったのだと思う。
 

「あ、いえ……。銃弾すら見たことがございません……」

 
 緊張のあまりに、小さな声しか出てこない。
 すると彼女は背後に立つ侍に声をかけた。
 
 
「この者に弾をくれてやれ」

「はっ!」


 俺と同じように鉄砲を手にした男の侍が、俺のそばに寄ってきた。
 そして唖然(あぜん)とする俺の左手に数発分の銃弾と火薬、そして火縄をもたせたのだった。
 
 
「もしこの里が敵に襲われたら、お主がその銃で守るのだ。よいな」

「え、いや……撃ち方が分かりません……」


 なんて情けないんだ……。
 自分でも素直にそう思う。
 ケラケラと俺を小馬鹿にする笑い声があちこちから聞こえてきた。

 でもここで見栄を張っても仕方ない、理由は分からないが、この時はそう思ったんだ。
 そして次の瞬間。
 目を疑うようなことが起こったのだった。
 
――ヒラリ。

 なんと馬から降りた女の武者が、俺の元まで駆け寄ってきたのだ。
 そして俺の手から銃を取ると、すばやく火縄に火をつけ、銃口から弾と火薬を入れた。
 
 
「いいか、よく見ておけ。これが銃の撃ち方だ」


 彼女は銃を構えた。
 美麗な横顔だ。内に秘めた強さも感じられる。
 俺はその姿に見とれてしまい、まるで地蔵のように固まってしまった。
 そして……。
 
――ダアアアアアン!!

 というけたたましい銃声に、思わず耳をふさいでしまったのだった。
 その姿がおかしかったのか、彼女は大きく口を開けて笑いだした。
 
 
「あはは!! 驚いたか!」

「は、はい……」


 彼女はそっと俺に鉄砲を持たせた。その際に、手と手が触れる。
 手覆(たおお)いの上からでも、女性らしい柔らかさが感じられた。
 ますます顔が真っ赤になっていくのが分かり、火を吹くほど恥ずかしかった。
 しかし彼女はそんな俺の心持ちなどお構いなしに、快活な声で続けた。
 
 
「とても良い銃だ。毎日磨いているのだな」

「え? なぜそれを……」

「ふふ、道具も大切に扱うと『魂(たましい)』がこもると、お師匠から聞いておる。この銃には『魂』を感じた。それもお主の銃を大事に想う気持ちの表れだ」

「はあ……。ありがとうございます」

「これからも大事にするのだぞ」


 そう言い残して、彼女は田んぼから出ていこうとした。
 少しずつ距離が離れていく。
 どうしたらいいか分からないが、このままじゃいけない、そんな風な焦りが俺の胸の内を曇らせていた。
 そして口をついて出てきたのは……。


「伊織! 俺は伊織って言います!!」


 単なる自分の名前だった。
 自分でもどうしようもないことは分かっていた。
 でも頭が真っ白で、それしか出てこなかったんだ。
 それでも彼女はぴたりと足を止め、くるりと振り返ると、笑顔を向けてくれた。


「伊織か。しかとその名をここに刻んだぞ」


 とんとんと彼女は自分の胸を叩く。
 俺は慌てて問いかけた。
 
 
「お、お名前は?」

「こらっ! 伊織! 無礼じゃぞ!!」


 俺の言葉に真っ先に反応したのは隣のじいちゃんだった。
 でも彼女はじいちゃんに片手を上げて制すると、穏やかな口調で答えてくれたのだった。
 
 
「われの名は『なおとら』だ」

「な、なおとら……。ってまさか……」

「井伊家当主、井伊直虎(いいなおとら)だ。よろしくな。伊織」


 俺はその名前を聞いて、弾けるようにひざまずいた。
 まさかご領主様だったなんて、思いもよらなかった。
 なれなれしく話しかけていたのが畏れ多く、ふるふると震えながら頭を下げ続けた。
 しかし彼女は優しく言った。
 

「これからも井伊谷(いいのや)のために頼んだぞ。伊織」

「は、はい!」


 大きな声で返事をしたものの、彼女の顔を最後まで見ることはできなかったのだった――。

………
……

「なんて無礼なことをしてくれたんだ!」


 家に帰るなり、待っていたのは母ちゃんの怒声だった。
 でもいつもみたいに恐怖にちぢこまることはなかった。
 なぜなら俺は直虎様の姿がずっと頭に浮かんだままだったからだ。
 まるでふわふわと浮いているような気分だったんだ。


「今夜の夕げは抜きだよ!!」


 母ちゃんにそう告げられた俺は、家の片隅で銃を磨きはじめた。

――なんだかとても嬉しそう。

 銃が語りかけてくれている気がする。
 俺はにこりと微笑んで、小さくうなずいた。


「ああ、とても嬉しかったよ」


 だって「銃の撃ち方が分からない」と言った俺に対し、周囲が笑い声をあげる中、直虎様だけは馬鹿にすることなく、撃ち方を披露してくれたからだ。
 それだけではない。
 今まで一度だって誰かに頼りにされたことなんてなかった俺に、たとえその場しのぎの言葉であったとしても、「井伊谷のために頼んだぞ」と声をかけてくれたんだ。

 本当に嬉しかった。
 嬉しすぎて、銃を磨きながら少し泣いてしまったのは内緒だ。
 そして心に誓った。
 
 
――直虎様が危なくなった時は、俺がこの銃で助けるんだ。

 
 と。
 でも、その誓いが試される日が間近に迫っているなんて……。
 この時の俺は思いもよらなかったんだ――。
 
………
……

 それは年が明けて、春になったばかりの時だった。
 田植え前の作業を終えて、みなが寝静まった頃。

 
――ダダダダダッ。

 家の外から聞こえてきた慌ただしい足音がに飛び起きた。
 窓から外を覗いてみると、大勢の甲冑姿の侍たちが、城の方へ駆けていくではないか。
 何ごとかと目を丸くしていた俺に、後ろから吉太(きちた)兄ちゃんが話しかけてきた。
 
 
「あれは『今川』の兵だ。今から城で戦が起こるぞ」

「戦!?」

「しっ! 声が大きい! 城だけの戦なら村で侍たちが乱取りすることはなかろう」


 兄ちゃんの話によると、駿河国(するがのくに)を治める今川 氏真(いまがわ うじまさ)という大名(だいみょう)が井伊谷を乗っ取って自分のものにしたがっているらしい。
 
 
「兄ちゃん! それでは直虎様が危ないのでは……!?」


 俺がつめよると、兄ちゃんはゆっくりと首を横に振った。
 
 
「こればかりは俺たちの手にはおよばないことだ。俺たちはただ畑を耕して、年貢を領主様におおさめする。たとえ今までとは違う領主様でも、そんなことは俺たち農民には関係ないのだから」


 そう兄ちゃんが言った直後。
 
――ドオオン!!

 という大きな音が城の方からこだました。
 きっと門が破壊された音に違いない。
 俺が再び窓の方へ顔を向けると、兄ちゃんがそっと肩に手を置いて続けた。
 
 
「伊織。もう寝なさい。明日は朝から田植えで忙しいぞ」


 兄ちゃんの言葉に俺は従わなざるを得ない。
 だって俺はこの家で世話になっているのだから。
 でも、たった一度だけ触れ合った直虎様の笑顔が脳裏に浮かぶと、自然と涙が出てきた。


「ううっ……。俺、悔しいよ。兄ちゃん」

 
 なんのとりえもない俺なんかに優しくしてくれたんだ。
 そしてあの日の夜に誓った言葉。
 
――直虎様が危なくなった時は、俺がこの銃で助けるんだ。

 それが守れそうにないのが、情けなくて、悔しくてならなかった。
 
 
「ごめんなさい……」


 ひとりでに出てきた言葉が震える。
 いつの間にか俺の横に立っていた母ちゃんが「ぐちぐち言ってないで、早く寝なさい!」と俺の腕を引っ張った。
 俺はしぶしぶ窓から離れ、寝床へと歩き出したのだった。
 
 だが次の瞬間だった。
 驚くべきことが起こったのは……。
 
 
『諦めないで!』


 なんと頭の中に、可憐な少女の声が響いてきたではないか!
 俺はきょろきょろと周囲を見渡したが、誰もいない。
 
 
「あんたは何をやってるんだね?」


 母ちゃんと兄ちゃんが不思議そうに俺を見つめている。
 今のは空耳だったのか……。
 だが、もう一度『声』が聞こえてきた。
 
 
『わたしを使って! わたしであなたの大事な人を助けてあげて!』


 わたしを使って助ける?
 その言葉に俺ははっとした。
 急いで壁に立てかけてある火縄銃に目をやると、不思議なことに、ほのかな光に包まれていた。
 その下にはどこから湧きでたのか、火縄と火種、さらに銃弾や火薬を入れる小さな袋があったのだ。

 
『早く!! もう時間がない!!』


 確かにそれは銃の声だった。
 いったい何が起こっているのか、まったく分からなかった。
 でも俺は……。
 
――バンッ!

「伊織!! 待ちなさい!!」


 何も分かる必要なんてなかった。
 ただ一つ。
 
 
「この銃で直虎様を助けるんだ!!」


 その気持ちだけで、じゅうぶんだったんだ。
 俺は真っ暗闇の中を、城に向かって走りだしていた。
 不思議な銃を背負って――。




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