「なあ」
 耳のすぐ傍で低い声が響く。天井と睨めっこしながら、なに? と返した。
「帰ってきてからずっとだらだらしてっけど、今日何の日だよ?」
 今日は十二月二十四日。いわゆるクリスマス・イヴ……ではなく、当日のお昼だ。終業式を終え、私の家に二人で帰ってきて以来、こうやってベッドの上でだらだらし続けている。
「デートとかしねえの?」
 恋人になって初めてのクリスマス。翔の言い分はもっともだし、私だって同じ気持ちだ。でも、私たちには一つ問題がある。
 できないよ、と返すと、わかりやすく落ち込んだ。
 本日二十四日は、私の家族と翔の家族が合同で行う、恒例のクリスマスパーティーなのだ。
 普段からイベントには目が無い両家の親だが、この日ばかりは力の入れようが格別で、私たちは毎年圧倒されている。チキンやお寿司などのメインディッシュのみならず、ケーキまでもがお母さんたちの手作りによるものであり、お父さんたちは休日を使ってまで、部屋の凝った装飾を当日までに仕上げてくる。
 あとはビンゴ大会やゲーム大会があったり、プレゼント交換をしたり……と、今は落ち着いているリビングも、パーティーが始まるや否や派手な空間と化す。
「母さんたち帰ってくるもんな、もうすぐ」
 お母さんたちは現在、買い物という名の戦闘準備に繰り出しており、帰宅後、恐らくすぐに私たちは応援部隊として招集される。
「こうやってられんのも今のうちだな」
 翔が距離を詰めてきた。体の全ての部分が翔に密着し、関係の変化を改めて実感させられる。
 距離だけじゃなく、翔への感情も段違いに淡く大きいものになっており、少し恥ずかしい。ただの幼なじみだったはずなのに、こんなにも特別に愛おしい。
 触れているのに、触れたい。
 そう芽生えた瞬間、頬に優しくキスをされる。「好きだよ」なんて呟いてくれる唇で。
 そんな唇を、私も、と呟いた唇で今度は受け止めた。
 強く深いのに、優しい。舌が、痺れる。
 離れても、またすぐに繋がる。理想の関係だな、なんて不意に思うと笑いそうになった。でも、翔の表情にキュンときて微笑みに変わった。
 翔はきっと、世界一カッコいい。
「何? 今の俺、カッコよかった?」
 躊躇なく頷くと、「マジだったのかよ」と目を見開いた。どうやらキザな科白のつもりだったらしい。
 正直、翔がどんなにふざけてカッコつけても、全部そのままカッコよく見えてしまう自信がある。
「可愛すぎ」
 再び近づいてくる翔の顔を両手で優しく挟み、少し角度を変える。そしてゆっくりと私の唇に近づける。頬と、ぶつかった。
「ふはっ」
 翔の口から笑い声が漏れる。「ほっぺチュー好きだよな、お前」と呟いた。
 頬へのキスが好き、というよりかは、キスされた時の翔の反応や表情が好きなのだ。「カッコいい」が「可愛い」へと即座に変わる。
「俺もお前にキスされんの、すげえ好き」
 私の口からも笑い声が漏れる。もう片方の頬へと唇を移した。今度は少し吸うように口づける。
「ふっ」
 こそばゆい? と尋ねると、「全然」と返ってきた。悔しくて、もう一度吸う。声が漏れない。きっと我慢している。
「絶対笑わねえ」
 我慢大会が始まった。場所を変えたりしながら、キスをし続ける。なかなかに手強い。でも私には得策がある。彼の弱いとこを、知っている。
 口元に落とした。声は出ない。だけど、あることをしたら簡単に笑った。
「舐めんのはずりいだろ」
 数回キスをしたあと、意表を突くように一瞬舐めた。それが効いたようだった。
「お前の反則負けな」
 そう言った口が近づく。そして私の唇を捕らえ、離さない。まるで魔法だ。
「俺はどっちかっつーとこっちのが好き」
 頬もいいけど、もちろんこっちもいい。翔だからなんでもいい。どこでもいい。全部好きなのだ。
 もう一度しようと近づけた時、翔のスマホが鳴った。着信音だ。
「くそ、誰だよ」
 悔しげな声で手に取る。「げっ」と反応とともに画面を見せられた。そこには「母さん」の文字。もしやと思い、私も自分のスマホを見る。お母さんからの不在着信が数件表示されていた。サイレントにしていたから気づかなかった。
「やべえ、帰ってくるっぽい。鍋とかフライパンとか用意しておいてって」
 電話を切ったあと「マジかあ」と落胆する翔に、私はずっと前から考えていたことを打ち明けた。
「えっ……、いいの?」
 それは、私たちのことをお互いの両親に話すということ。そして、明日は二人きりで過ごしたいということ。
 私にとって翔はどんな存在なのかを、みんなに知っていてほしかった。
「本当は俺もずっと考えてたんだけどさ、お前がどうかなって思ってて……、まだ言わないつもりだった」
 ベッドの上に座ったまま、「ありがとな」と抱きしめられた。翔の匂いが優しく香る。
「夜に渡すつもりだったんだけど」
 そんな科白とともに、首元に現れたハートのネックレス。
「泣くの早っ」
 そう言われて思わず吹き出してしまうくらい、同じことを思った。これを見た瞬間、なぜか一瞬で涙が零れた。驚いて、嬉しくて、胸が温かくなって、気づけばこんなことに。
「これ着けて言おうよ」
 頷いて、私も勉強机の引き出しから紙袋を取り出し、翔の前に差し出した。
「あ、ありがと」
 思った以上に可愛い反応で、涙が完全に引っ込んだ。
「おお……、かっけえ」
 選んだブレスレットをさっそく着けてくれた。似合ってる。カッコいい。思わず頬にキスをした。
「出た、キス魔ほっぺバージョン」
 ちゃんと口にもした。
「……俺のことすげえ好きだよな、お前」
 そっちもでしょ? と返すと、「合ってるけど違う」と優しい目をして私の顎に触れた。
「愛してる」
 これまでで一番優しいキスだった。

〈完〉