初夏。風鈴の音が夜風を運んでいく。

赤提灯が並ぶこの通りは、仕事を終えたサラリーマンやOLが行き交い、焼き鳥の香ばしい香りや客引きの声で溢れている。

その一角にある居酒屋のカウンター席に並んで座っている蓮と恵巳は、今日も他愛もない話で時間を潰していた。2人の前に置かれたビールジョッキからは、とっくに泡が消えているのだが、お喋りが止む気配は少しもない。

定期的に開かれている2人の飲み会。頻繁に会っている2人だが、それでも話が尽きることはなく、こうして居酒屋に来ては夜な夜などうでもいいことを真剣に話し合っている。

だが今宵は、記憶に残らない話だけで終わりはしなかった。

「はぁ、婚約?寝言は寝て言えよ。いくら周りが結婚しだしたからってそんなこと言われてもドッキリにもなんねーぞ」

婚約の報告など、嘘でなければおかしいとでも言うように、笑い飛ばす蓮。ここまで否定されると、何か言い返したくなるのが恵巳だ。

「私だって信じられないけど事実なの。婚約できるだけの需要はあるってことですー!」

一気にジョッキをあおり、恵巳から婚約に至った事情を話す。あれだけ婚約を拒否していたというのに、連を前にすると、つい見栄を張ってしまう。まるで婚約を受け入れているかのように。