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赤提灯に火が灯り、わずか八坪の狭い店内は賑やかな声と美味しそうな料理の香りに満ちている。

ここは小料理屋“とげぬき一庵”。

巣鴨のとげぬき地蔵尊近くにある、雑居ビルの一階に居を構え、中高年男性の常連客に支えられている店である。


「いらっしゃいませー! あ、繁蔵さん。いつもの席、取っておきましたよ」


そう言って、入店した初老の男性客をL字形カウンター席の端に座らせたのは、高幡美奈(たかはた みな)、二十六歳だ。

Tシャツとデニムパンツに、エプロンという飾り気のない格好で、おかっぱ頭に薄化粧。

彼女は気立てが良くいつも明るい、小料理屋の看板娘であるのだが……いかんせん、顔の造作が残念である。

加えて、狭い店内の通路を横歩きしないと移動できないほどのぽっちゃり体型であるため、これまで恋愛とは無縁の人生を送ってきた。

彼女に声をかけてくれるのは、今日も中高年男性客と、この店を切り盛りしている作務衣姿の父親だけであった。


「美奈ちゃん、こっちにお銚子一本追加して。おでんも欲しいな。大根とがんも、こんにゃくを頼むね」

「はーい! 長次郎さんは、おでんにからしじゃなく、七味でしたよね」

「美奈、唐揚げの注文入ったぞ。やれるか?」

「お父さん、できるよ。おでん出したら、私が揚げるね」