光が引いていくのがわかり、私は恐る恐る目を開ける。

そこは生い茂った木々に囲まれた森だった。

木の葉の隙間からこぼれ落ちる光、鳥のさえずり。

つい数秒前まで座り込んでいたはずの我が家のフローリングはじめっとした土の感触に代わり、草の匂いが鼻腔を掠める。


「……え？　あれ、どういうこと？」


私はレシピ本を抱きしめたまま、呆然と周囲を見渡していた。

そのとき、ガサガサッと茂みが揺れた。

そこから、水色のワンピースにひらひらのレースがついた白エプロン姿の黒ウサギが二足歩行で現れる。


「あら、大丈夫？　怪我はないかしら」


くりっとしたつぶらなエメラルドの瞳をこちらに向け、話しかけてくるウサギに私は卒倒しそうになる。


「人の言葉を喋ってる！？」


衝撃のあまり叫ぶと、またもや茂みが揺れて「そこに誰かいるの？」という声とともにボサボサの銀髪と無精髭を生やした二十代半ばくらいの男性が出てきた。

しわだらけの白いワイシャツに紺色のベストとズボン、上から羽織ったよれた白衣。

その出で立ちは嵐の中を駆け抜けてきたのではないかと思うほど、ボロボロだった。


「女の子？　こんな森の中にどうしたの？」


男性は私の目の前にしゃがみ込むと、大きな縁の眼鏡の奥にある碧眼で私をまじまじと眺めてくる。