肌を射す様な日差しの照りつける夏が過ぎ、季節は実の秋へと変わっていた。
まだ残暑が残る療養所の庭、日傘を挿し白い帽子を被った白いワンピース姿のその人は、ウッドチェアーに腰を下ろし穏やかな表情で景色を眺めている。
周囲から聞こえるのは、風が木の葉を擦り合わせる音と、小鳥の囀りだけ。
私は、静かに歩み寄り声を掛けた。
「お母さん」と。

ゆっくりと私を見上げ、彼女はいつもの言葉を吐く。
「あら、また来たの?」
「うん。座っていい?」
テーブルを挟んだ対面の席を見る。
「いいわよ」
「ありがと」
彼女の返答に笑顔で腰を下ろす。
今のお母さんは私を娘として認識してる訳じゃない。
それが悲しくないのかと言われたら、悲しいけれど。
話せなくなってしまうよりは、ずっと良かった。
心が壊れて、夢の中に住んでしまった彼女は、現実と夢の狭間を行き来する。
時折正気に戻る彼女に会いたくて、私は何度もここを訪れていた。

「貴方は毎週毎週、暇なのね」
呆れた口調で私を見たお母さん。
私は彼女と目を合わせ、こう答える。
「うん、暇」
「年頃の女の子なのに、彼氏も居ないの?」
可愛そうな子を見るような目付きで見られた。
最近彼女は私と目を合わせ会話をしてくれる様になった。
それが嬉しくて、私は彼女に他愛の無い話を沢山する。
彼女に認められないと泣いてた私は、もうどこにも居ない。

「彼氏ぐらい居るよ?」
「あら、そうなの。私にばかり会いに来ていたら愛想を尽かされるんじゃなくて?」
「大丈夫。心の広い人だから」
霧生は、今でも私に付き合ってここまでの送り迎えをしてくれてるもん。

「そう」
「うん」
「貴方のお父さんみたいな人ね」
悲しげに瞳を揺らし私を見たお母さんは、私のよく知る昔の顔付きになった。
「どんな人だった?」
「優しくて、格好良くて···大好きだったわ」
「うん···そっか」
幸せそうに話すお母さんに、私は笑顔を取り戻す。

「貴方のね、神楽って名前はあの人が決めたの」
「···」
口を開いたら、滲んだ涙が溢れ出ていまいそうだった。
「あの人と2人で、貴方が生まれてくるのを楽しみにしてたの」
「···」
「···上手く愛せなくて、ごめんね」
彼女が呟いたその言葉に、もう涙を止める事は出来なかった。
静かに涙を流す私を、彼女は気にする様子でもなく話を続ける。
「私は母親失格ね」
「···」
「貴方はこんな風にならないでね」
そう言って憂いを乗せ綺麗に微笑んだお母さんの顔を、私はきっと忘れないだろう。

「ねぇ、彼氏はどんな人? 仁とどっちが格好いいかしら」
お母さんは少女みたいにウフフと笑う。
これが、彼女が夢の世界に戻った合図。
彼女の中で私は、よく来る顔見知りの女の子に戻ったらしい。
「会ってくれる?」
「いいの?」
無邪気に笑ったお母さん。
「うん。会って欲しいな」
「そう。会ってみたいわ」
流れる雲の隙間から、眩しい光が照らし出す。
その光は私達を包み込み、光の先へと導いていく。
眩しそうに目を細め、空を見上げた彼女は無邪気な笑みを浮かべていた。
愛を知った今なら分かるんだ。
狂おしい程に人を愛し、そして心を壊してしまった貴方の気持ちが。
彼が私に愛を教えてくれたから。





「霧生!」
私は、愛しい人の名前を叫ぶ。
彼は焦った顔をして、大急ぎでこちらに駆け寄って来るんだ。
そして、きっと、私を抱き締めてくれる。
だから、もう不安になんてならないよ。



お母さん、紹介するね。
彼が私の大好きな彼氏です。





-The end.-