「おせー……待ちくたー」
「あっ、うん……! ごめんねっ! 遅くなって」
「ま、俺の番終わって、ちょうどよかったし! 休憩にしよっと」

 規律を重んじる剣士だが、外衛は実戦練習が多く、空き時間はそれぞれ差があるため、流れ解散での昼休憩が多い。そのおかげで番子はいつもソラトに休憩時間を合わせてもらっているのだった。ただ城で働く他の人が食事の時間に掃除することはできないため、ハウスメイドの昼休憩は基本的にお昼の時間を外さない。時間的にもちょうどいい。

 ソラトは重い青鎧をぽんぽんと脱ぎ捨てながら、王城のふもとを少し離れた庭の芝生の上にどさっと腰を下ろす。番子はあたりを見回した。

「今日は、空いてるね……」
「ん? ああ、そうだな」

 つぶやく番子に、おまえも早く座れよ? というように、こっちを見上げるソラト。

「う……ん。今日は、ここで食べやすいかも」

 番子はほっとして、持ってきたサンドイッチが山盛りに入ったバスケットを挟み、隣に座った。

「なんだあ、おまえまだそんなこと気にしてんのか?」

 ソラトが、食事の支度をする片手間に、呆れたように訊ねてくる。

「そりゃ、そうだよ……」

 こうしてソラトと一緒に昼食をとるのは、もう番子の毎日の日課だ。遅れ気味の今日はもうだいぶ昼に差し掛かっているので、二人の他に昼食をとっている人はあまりいないが、いつもは紺色のメイド服をもの珍しそうに見る騎士や上役メイドの視線にさらされて、肩身が狭い思いをしていた。

「ほんとはダメなんだからね。ヒラメは、地下で食べないと」

 ふつう、メイド……特に平メイドは、地下の使用人ホールなど、隠れたところで食事をとらなくてはならない決まりなのだ。

「ま、俺と一緒ならいーんだろ?」
「うん……それは、そうだけど……」

 ソラトの言うとおり、騎士に誘われたのなら話は別。こうして開放的な青空の下で食事ができるのは幼なじみを騎士に持つ番子の特権。

「この時間帯なら人少ないんだ……。いつもこの時間に休憩取れたらいいのになあ」

 しかし、制度的に許されているとはいえ、平メイドにとって重要なのはいつも正しいか正しくないかではない。「上」から快く思われるか、思われないか――それこそが、最も気にすべきことなのだ。

「別にどっちでもいーだろー。俺はすぐ腹減るし、早い方がいいー」
「あはは。ソラトは能天気でいいなー」
「なんだとー」

 ソラトはからかわれたと思ったのか、笑いながら小突いてくる。

「にしても、なんで今日はいつもより遅かったんだ?」
「えーとね、なんというか、そのー……ほら、黒入道の騒ぎとかあったから、というか……なんというか……」

 本当はミイの罰掃除をしていたから時間が遅いのだが、そもそも罰掃除をさせられることになったのはプリンセスナイトとして出動していてミーティングに遅れたせいであるし、間接的にはそういうことである。

 だがその言葉を聞いて、ソラトは急に、ふんっと、そっぽを向いた。

「ああ黒入道な! 俺も出撃してたし、知ってるよそんなこと!」

 さっきまでごきげんに笑いながら、ツナにしようかたまごにしようかとサンドイッチを選んでいたのに、突然の変わりよう。

「もう、なに怒ってるの~? だから、待たせたのはごめんって」
「だーかーらーっ、そーじゃなくて……。またプリンセスナイトが手柄を横取りしやがったの!」

 そう愚痴を言う調子でそう言うと、ふんぬふんぬと息荒く、ヤケになったようにがっつきはじめる。

「あいつ、……もぐ……俺に……もぐんぐ……恨みでも、あんのか……っ!」

 食べている間にもぶつくさつぶやくソラトに、ようやく、番子にもソラトがどうして不機嫌になったのか理解できた。

「ソ~ラ~ト~っ! プリンセスナイトはこの国を守ってくれてるんだよ? ソラトのことだって守ってくれたんじゃん。そんなこと言ったらバチが……」
「はああああっ!? 守ってもらってねーし! 邪魔されただけだっつーの! 俺は自分の力で勝ててたしっ!! 俺は史上最強の剣士だってのに!」

 ソラトは番子を遮るようにそこまで言って、またヤケになったようにサンドイッチをぱくつくが、今度はあまりに勢いがあったのかのどに詰まらせてゴホゴホッとむせている。もう、しょうがないなあと番子は水筒を取りだし、胸をたたいてつかえが取れずパニックになっているソラトに、手早く飲ませた。

 やれやれだ。

「ぷは! ……あーあっ! あと少しで、国一番の剣士の証『光鳩(こうばと)勲章』もらえると思うんだけどなー。今日だって、せっかく五匹もの黒影に取り囲まれた見せ場だったってのに、邪魔しやがってよお。プリンセスナイトめぇ……」

 どうやらソラトは、プリンセスナイトに手柄や見せ場を横取りされたと思っている。

 『光鳩勲章』は、王冠に二本の剣、鳩の羽と後ろからの光が包むデザインの、我が国――光の国王家の紋章入りの勲章で、〝国一番〟の証だ。年ごとに授与式が執り行われ、剣士ならば国一番の剣士であると認められた者にだけ与えられる。

 一心に磨き続けた腕だけを頼みにここまで来たソラトは、のどから手が出るほどにその証がほしいのだった。

 授かるには、公式試合や一年に一度の国大会で好成績を修めたり、大きな手柄を上げたり、そして、団長からの推薦を受けたりと、さまざまな方面で総合的に認められなければならない。

「俺は、もう外衛騎士団長との試合だって五分五分なんだぞ。団長にだぞ、団長に! きっと『光鳩勲章』だって、もう俺が最も近いはずだっての!」

「団長には俺、ボロ負けてばかりじゃないですか~」なんて殊勝なことを言っていたとは思えない言い様に、番子は苦笑いする。

 今はもう自分が『光鳩勲章』を授かった時のことでも想像しているのだろう。泣いたカラスがすぐ笑うように、瞬く間に有頂天である。

(はー。そんなこと言ってると、次は守ってあげないよ……?)

 心の中でぼやいて、プリンセスナイト・番子はため息をついた。でも、こんな姿を見せてくれるのは、幼なじみとして気を許している番子の前だけだと思うと、少し嬉しくもある。