そしてその頃、碧の月君こと橘碧月は、
雲ひとつない夜を見上げていた。

つと視線を落とせば、梢の隙間から射し込む月光が池をきらきらと照らしている。

春はそこまで来ているというのに水面には薄い氷が張っているのだろう。

寒い夜。
凍てつくような寒さだというのに、肌を刺す痛みは心の痛みを超えることはない。

――なぜだ。
なぜ突然、李悠は花菜姫と結婚などと言い出したのか。

あの日。
花菜姫に求婚したと知ったその足で、李悠に会いに行った。

彼は書を書いているところだった。
ちらりと振り返っただけで、手を止めることなく筆を走らせながら、淡々と言った。

『どうした? 血相を変えて』
『本当なのか。花菜姫に求婚したというのは』

『ああ』
『なぜ、なぜ急に』

『急ではない。放っておいてまた誰かに攫われても困るだろう』
それは花菜が最初に行方知らずになった時のことを言っているようだったが、『お前に攫われたら困る』ということなのだとわかった。

わからないのは、いつの間にということだ。