人々は彼を、『ツクヨミ』と呼んだ。
ある者は彼を恐れ、ある者は彼を恨み、またある者は彼に───希望を託した。

 季節は秋を過ぎ、いよいよ冬を迎える頃。
お昼時の賑やかな店内に、慌ただしく声が飛び交う。
「凛月(りつき)ちゃーん3番のお客さんお願い!」
厨房から顔を出した彼女は私を呼んだ。
「はーい」
私は返事をして席に向かう。
客はこちらに気づくと軽く手を上げた。
そして私は注文を取り、厨房へ向かった。
「凛月ちゃん次あっちー」
「はーい」

 賑やかな店内も、昼を過ぎると落ち着いた。
私は椅子に腰掛け、一息ついた。
「はぁ、疲れた」
と、後ろから声が掛かる。
「お疲れー。凛月ちゃんがいて本当助かるよー」
 そう言ったのは、店で一緒に働いている千夜香さん。私は彼女を、姉のように思っている。
「お疲れ様ですー。いやぁ、今日も大変ですね」
そう言って苦笑した。
 私は町の小料理屋で働いている。そしてこの店の2階に住まわせてもらっている。この店では女将の酒井さんと、千夜香さん、そして私が働いている。酒井さんは病気を患っていて、今は店に立っていない。なので今は私たち2人で店を回している状況だ。
「無理し過ぎないようにね!」
彼女はそう言うと私の肩をぽん、と叩いて厨房へ入って行った。

 それから夜になり店内は再び賑やかになる。
私は昼と同じように料理を席へ運んでいた。
そんな時、慌ただしい店内でとある客の話し声が聞こえた。
「また戦があったらしいな」
一人の男が呟いた。
「ああ、王政とリベルタだろ」
「リベルタもすごいよな、王政相手に」
男は声を潜めた。
「敵わねえだろうにな」
 この国で国民は「貴族」「商人」「下民」に分かれている。裕福に暮らす貴族は国民の1%にも満たない。それなりに暮らせる商人は国民の4割程度。───そして「下民」と呼ばれるのは、生まれながら人として扱われず、家畜のように働かされ、いらなくなれば殺される、この国の最下層の国民。いや、国民とも呼ばれない者達だ。生まれてから死ぬまで下民なら、それ以上でも以下でもない。そんな人達が人口の半分を占めるこの国では、身分に関わらず王に逆らえば必ず死刑。誰一人として、逆らう者はいなかった。────彼らを除いては。
 彼ら──『リベルタ』はこの国で王政に逆らう、唯一無二の組織。国を従える力を持つ王が彼らを排除出来ない理由は、彼らの強さにあった。圧倒的に少ない人数ながらも王政と互角に戦うという、その姿はまさしく『戦神』。これまでリベルタと王政の間に勝負がついたことは一度もないという。
 そんなリベルタを率いるのは、一騎当千と謳われる男。この国では誰もが、彼を知っている。

 人々は彼を、『ツクヨミ』と呼んだ。

 店に来る客は、商人がほとんどだった。
そんな商人も、ここ数年は重い税に苦しめられている。
ただそれを口にすれば、処刑される。王の敵と見なされた者に、命は無い。
「……凛月ちゃーん?」
はっ、と我に返った。千夜香さんがこちらを不思議そうに見ていた。
「あ、はーい、今行きます」
私は早足で厨房へ向かった。