ケータイ小説 野いちご

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水曜日の昼休み

お昼休みにいつも一緒にご飯を食べている友達に、行ってくるねと声をかけて、ギンガムチェックのバンダナに包まれたお弁当と朝買ったお気に入りのお菓子を持って教室の外へ出る。40分しかない貴重な休み時間を無駄にしないために、あちこちから生徒が廊下へ繰り出しているから、まっすぐ進むのにはちょっとコツがいる。飛び出してくる男子生徒や、廊下を塞ぐようにしておしゃべりに花を咲かせる女子生徒をうまく交わして、屋上に通じる階段に足をかける。

実際に屋上に上がることは出来ないから他の生徒にはこの場所はあまり人気がない。さっきまでの喧騒はどこへやら、少しのホコリが陽の光を反射してきらめくだけで、あたりはしんっと静まり返っていた。1人だとちょっと心細いくらいだ。先生すらもめったに来ないこの場所は君との密会にちょうどいい。

週に一度、水曜日のお昼休みに君とお昼を食べる約束をしたのは学年が上がった今年の4月から。それまではずっとお昼を一緒に食べていた。入学して1ヶ月たってもクラスに馴染めなかった私は、教室でお昼を食べづらくて人がいない場所を探して校内を歩き回った。どこに行っても誰かの声がする校内で誰もいない場所を見つけた時は心底ほっとした。そして毎日毎日人目を忍んでここに通っていたら、ある日突然君がひょっこり現れたのだ。

「あっ。」
「うわっ。」

互いに誰かがいるなんて思っていなかったから、きまずい沈黙が流れる。真新しい同じ色の上履きを履いているから同学年と分かったけど、どこのクラスの人なのか何部の人なのかもわからない。シルバーフレームのメガネの奥で不安そうに視線が揺らいでいた。今思えば、多分私も同じような顔をしていたんだと思う。

「ごめんっ。」

と焦ったように君は言い、たった今登ってきた階段へと戻ろうとした。こんな所に来るんだからきっと君もクラスに馴染めなかったり何かやなことがあるんだろうな、なんてことがぼんやり頭を掠めた。

「一緒に食べる?」

そんな言葉が出るなんて自分でもびっくりした。なぜこの勇気は自分の教室では発揮されず、よりハードルの高い状況の今この瞬間発揮されるのか。そもそも口下手なのに誘ってしまって昼休みが終わるまで会話が持つのか、不快に思われなかっただろうか、初対面なのに馴れ馴れしくないのか、変なやつと思われたんじゃないかと、次から次に不安がよぎり、思わず口にしてしまった言葉を激しく後悔した。

「じゃ、じゃあ。」

百面相をしている私の向かいで、君は困ったように頬をかき少し離れた階段の縁に座った。その日は何か話しをするでもなく、お互い名前さえ伝えず、休み時間が終わるチャイムがなるまで気まずい沈黙の中お昼を食べた。

そんなことだから、次の日は来ないだろうとタカをくくっていたら、次の日も、その次の日も、そのまた次の日もずっと君はこの場所に通ってくるようになった。初めのうちは何も話さずチャイムがなるまで一緒にいるだけだったけど、そのうちだんだんと会話が増えていった。君は2つ隣のクラスにいること、天文部の活動のこと、面白い先輩の話、酸っぱいグミが好きな事、最近お弁当だけじゃ足りなくて購買に行くこと、購買の美味しいパンのこと、最近猫を拾ったこと。小さな小さななんでもない会話を重ねるうちに、また新しい春が来た。

「次のクラスこそ上手く馴染みなよ。」
「そっちこそ!」

なんて、お互いの境遇をいじりつつ、2人だけのこの時間が終わってしまうのは惜しいような気がして、あの日君に声をかけた時のように少しだけ勇気を出した。

「また来年もお昼一緒に食べたいな。」
「でもそれだとクラスからまた浮くでしょ。」
「わかってるよー。…週に一回だけ、とか?」
「…それなら、週に一回だけ。今日で最後なのはちょっと…寂しかったし?」

クラスが変わって趣味の合う親しい友人もでき、毎日楽しく学校生活を送っている。それでも人があまり近寄らないこの場所で2人だけのランチタイムは続いている。別に特に代わり映えのしない、明日には記憶に残っていないようなささやかな会話を今日もこれからはじめるのだろう。大きめのお弁当箱にさらに購買でパンを買ってきた君が少し遅れて到着する。近頃さらに食べる量が増えた気がするが、薄いからだのどこにそんな量が入るのだろうか。

「おそいよ。」
「ごめんごめん。」

なんて笑いながらお気に入りのグミを差し出す。パクッとそれをほおばって、君があの日より少し近い位置に座ったら楽しいお昼のはじまりはじまり。あの日勇気を出して誘ってよかった。こうして変わらず、君とお昼を食べることは私の密かな楽しみなのだ。遠くの方に誰かがはしゃぐ声や、校内放送の音を聞きながら私はたこさんウィンナーに箸をつけた。

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