サイラス・ウィストンは大きく息を吐きだした。

彼の上着のポケットには輝安鉱で作られた銀色のフォークがある。
一般的に貴族の屋敷で使われるものと同じデザインで作られていて、イートン伯爵家でも同じデザインのものが使われている。念のため、先ほど厨房を覗き、カトラリー類が準備されたトレーを確認してきた。
このフォークを口にすれば、人体に害のある成分が体内に入り込み、激しい食中毒を起こし、死に至るはずだ。

今日、サイラスはこれをアイザック第二王子に使わせるように、という命令を受けてここにいる。
それに関しては、そう難しいことでもない。取り分けるときに、自分が王子のもとへ持っていくと言えばいいだけだ。
通常、毒として疑われるのは料理の方だ。
すぐにまたフォークを入れ替えておけば、バレることもないだろう。

(だが、……なぜ俺がいつも危険な橋を渡らなければならないのだろう)

サイラスはここに来るに至った顛末を思い出して、ため息をついた。


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若い頃のサイラスは不運続きだった。
元々は裕福だったウィストン伯爵家が金銭的に困窮しはじめたのは、まだサイラスが学生だったときだ。
学費の捻出も苦しかったが、学術院を卒業しなければ、この国でいい役職には就けない。奨学金をもらえるほど成績優秀でもなく、かといって、伯爵家の子息として生まれたプライドもあり、肉体労働で日銭を稼ぐという方法にも踏み切れなかった。

そんな時、どちらかといえば苦学生の部類だったジェイコブ・オルコットの羽振りが急によくなった。
それまで、学術書を買うために他人のノート移しなどで日銭を稼いでいたはずの彼の変化に、サイラスは疑問を抱いた。