目が覚めた。






ここは、病院のベッド…?






おかしな、気分。







「お姉!」







すぐ近くで理衣が自分を見下ろしており、嬉しそうに微笑んだ。




「やっと、目が覚めた。…半月かかった。…気分は?」






「理衣、私…どうしたの?」










「え?」









「どうして、ここで寝てるの…?私」
















「お姉はタクヤの家で気を失って、ここに運ばれたの」




理衣が、瑠衣に近づいて説明する。









「タクヤ…って、あの、幼馴染の拓也…?」









理衣は、思わず瑠衣の言葉を聞き返しそうになった。










「お姉、…もしかして、…覚えてないの…?」



























電話のコール音。
この音楽は、理衣だ。
最近設定したからわかる。

自室にいたトオヤは、急いで電話を取った。









「理衣?」










『トオヤ、お姉が目を覚ました』










「本当?…良かった」

トオヤは、心の底からほっとした。







『でも、…記憶が一部、抜けてる』








「え?」









『高校2年の始まりの時以降の記憶が、全部抜けている』










トオヤは一瞬、目の前が暗くなった様な感覚に陥った。






「理衣、…今から、病院に行きたい」




『うん』



「…」




『…トオヤ…?』






「やっぱり、やめておく」



『…何故?』



「今目を覚ました瑠衣は、多分俺を知らないから」




『…そっか』





理衣は、納得した様子で相槌を打った。


トオヤは少し考えてから、こう言った。



「学校で待ってる」































瑠衣は退院した。

経過は良好で体調にも問題は無く、明日から学校へ行けることになった。

記憶の一部が、欠落したまま。



夜の8時。
理衣は、リビングのソファーに座る瑠衣と向かい合わせのソファーに腰を下ろした。

瑠衣は普通にアイスティーを飲んでおり、いつもの彼女と変わらないように見える。

「タクヤに監禁されたショックと極度のストレスにより、お姉の脳にある海馬がダメージを受けた。そのせいで一時的に最近の記憶が紛失したのではないか、と、医者は言っていた」

理衣は、瑠衣をじっと見つめた。

「脳のMRIも撮ったけど特に異常なし。通常の毎日を送っているうちに記憶が戻ることもあるかも知れないし。気長に様子を見よう」


目の前の瑠衣は静かに、理衣に問いかけた。


「最近の私は、どんな風だった…?」


理衣は、意味ありげに笑った。


「相変わらずの勇者っぷりだった。2年生のクラスに変わってから、パワーアップしてた。トオヤに会ってからは、特に」


「…トオヤ」


久世透矢。


クラスの自己紹介までの出来事は、全部覚えている。

『去年まで札幌市に住んでいて、この春からこの高校に転校してきました』

と、言っていた、
現実離れした、超絶美形男子。


そして、
『趣味は勉強。部活には入りません』

とも言っていた。

自分の日記によると、その後、親しくなるうちに彼は手芸部に顔を出すようになり、素敵な自作ドレスのデザイン画を見せてくれたという。




「あの久世君…」




人を拒絶するような、近寄りがたい雰囲気だった彼からは、想像もつかない。
会ってから3ヶ月しか経たずに、そこまで心を開いてくれるものだろうか。





久世君は、いつから自分を知っていたのだろう。





本当に、自己紹介の時が初めてだったのだろうか。



そして。

自分はどうして、記憶を無くしてしまったのだろう。

拓也に監禁されたという恐ろしい記憶を、思い出したくないから…?





本当に、ただ
それだけ…?




「理衣。私、もう寝るね。明日から学校だし、もう一度日記を読み返してみる」

「うん。おやすみ、お姉」

「おやすみ」



2階に上がり、部屋に戻ると、自分の日記をもう一度開いてみた。

後から読み返した時に、自分が恥ずかしい気持ちにならない様にと、その日記には自分の感情だけは、一切書いていなかった。