そんなわけで、初回から泣き声を電話越しに垂れ流すという醜態をさらしてしまった夢子であった。
2回目利用するのがかなり気まずくなってしまったのだが、それを礼二に言った所、

「誰が律儀に他人のベソ泣きを延々聞くねん。通話したままパソコンで映画でも見てたやろそいつ」

とバッサリ切られたので、それもそうかと気にしないよう努めた。

そして何週間か後、また眠れない夜がきた。あれから仕事で悩むことは無くなったので(へこむ事はしょっちゅうだが)単純に寝付きが悪いだけのようだ。

「…掛けてみようかな。また富戸さん出てくれるかな」

あの声はなぜだが凄く落ち着く。アドバイスが無くとも、話しているだけで眠れそうだ。
発信履歴から番号を探しだす。ついでに電話帳に登録をしておいた。

発信してドキドキしながら待つ。
プツッ、と相手が出る気配。

「お電話ありがとうございます。睡眠相談室でございます」

出たのは富戸だった。夢子の口元が緩む。

「あ、私、水民夢子と言いますが…」

「水民様。先日はご利用ありがとうございました。その後はいかがお過ごしですか?」 

「はい。富戸さんのアドバイスのお蔭でだいぶ楽になりました。実は、仕事もほんの少しずつですが貰えるようになったんです」

「そうですか。それは良かったです」

「それから、その、すみませんでした。前回失礼な事を…聞き苦しいものを聞かせてしまって…」

「とんでもございません。お客様が安眠できるようサポートするのが我々の仕事ですので、どうかお気になさらないで下さいね」

富戸の言葉に夢子はホッと胸を撫で下ろす。

「ところで、本日はいかがなさいましたか?」

「お陰さまで悩み事は大丈夫になったんですが、元々寝付きが悪い方でして…。今日も全然眠れなくて…」

「左様でございますか。寝る前にカフェインなどは摂られてないですか?」

「はい。スマホも見てないし、寝る前に湯船でしっかり温まったんですけど…」

「あぁ、なるほど。実は、寝る前に体の芯部体温を上げてしまうと目が冴えて眠りずらくなってしまうんです」

「え、そうなんですか⁉」

「はい。なので入浴は就寝の30分前には済ませた方が良いですね」

「初めて知りましたー。なるほど」

どうやら寝付きが悪いのは自分の生活習慣にも原因があるらしい。

「でも、今はだいぶ体温も落ち着いてきたかと思いますので大丈夫かと思いますよ。今からできる簡単なものとして本日は『カモミールティー』をご提案させて頂きます」

「あ、聞いたことあります。リラックス効果があるんですよね!」

「その通りです。さらに、カフェインレスならよりベストなのですが、ご自宅にございますでしょうか?」

「え~、あったかな…」

そこで夢子はふと思い出した。先週、札幌旅行から帰ってきた前マスター夫妻からお土産でカフェインレスハーブティーのバラエティーパックを貰ったのだ。あの中にはカモミールティーも入っていた。

「そうだ!あったあった!よし、じゃあさっそく…」

リビングの電気ポットでお湯を沸かす。沸いたお湯をカップに入れて温め、その間にティーポットに茶葉を入れてお湯を注いで3分蒸らす。
砂時計を逆さにして砂が流れる様子を眺める。

「こんなに丁寧にお茶入れるの久しぶりです。いつもティーパックで手軽なやつだし」

「ティーパックは手軽で便利ですが、茶葉だと香りが立ちますのでより楽しめますね」

「富戸さん詳しいですね~。お茶好きなんですか?」

「いえいえ、インターネットの知識ですよ。水民様もお茶の入れ方が手慣れておられますね」

「あぁ、これは昔のバイト仲間から教わったんです。飲食の専門学校出てる人だから色々詳しくて」

「そうでしたか。あ、そろそろ3分ですね」

ガラスのくびれから砂が全て零れ落ちた。きっかり3分。富戸の体感時計は電波時計だなと思った。

温まったカップにポットからお茶を注ぐ。ひと口飲むとカモミールの優しい香りが鼻を抜ける。

「はぁ~…美味しい。癒されるぅ」

ゆっくりと味わい、途中少しだけジャムを入れて楽しむ。
歯を磨き直して、再びベットに戻ると次第に小さなあくびが出た。

「おぉ。効果ありますねカモミール…、ふぁ~。ねむ…ありがとうございます。富戸さん」

「お力になれて何よりです。本日もお疲れ様でした。ごゆっくりお休み下さい」

少しして夢子の瞼が閉じ、手から零れたスマホがベッドに落ちる。光る画面からは誰にも聞かれることのない言葉が静かに響いた。

「お休みなさい。良い夢を」