きっと恋ではない。
これは恋ではない。

だって私には忘れられない
初恋の人がいるんだから。

昨日のことなんて何にもなかったかのように
田島くんと私は過ごしている。

明日は合宿の最終日。

最後の夜にみんなで花火をすることになった。

みんな想い想いにそれぞれの青春を楽しんでいる。

「田島くんとはどうだったの?」


線香花火を眺めながら
美咲は聞いてきた。

「どうって、どうもなかったよ!」

動揺で線香花火が落ちる。

「フフフッ。動揺してる。
あの時、大変だったんだよ。
田島くんが白石さんがいない!って
具合悪そうだったから見てくる!って
走って行っちゃって。

田島くんのこと好きな女の子たちが追いかけるのを
私と岡田くんで必死に止めてた。」

そういいながら楽しそうに美咲は笑う。

「そんなことがあったんだ…。」

今まで一度も気づかれたことがなかったのに
私が具合が悪いことを田島くんは気づいてくれた。


ザッ。


人の気配がして見上げると

田島くんと岡田くんが手持ち花火を持って
立っていた。

「最後だし一緒に楽しもうよ!」

岡田くんが笑うと。

「私も入れて!!」
「俺らも!!」

後ろから同じクラスの人たちが
ぞくぞくと集まる。

「「あーあ」」

美咲と岡田くんが残念そうに声を揃えて言った。

「田島くんも一緒にやろうよ!」

女子たちに連れられて田島くんが行ってしまう。

その後を岡田くんが急いで追いかけて行った。

「私たちも一緒に行かない?」

美咲が手持ち花火を持ちながら
田島くんと岡田くんの方を指差す。

「私はいいや。美咲行ってきなよ!」

美咲を行かせようとすると

「合宿最後の夜だよ?いいの?」

持っていた手持ち花火を私に差し出す。

「いいの。

私、線香花火の方が好きだし。

…ああやってはしゃぐの得意じゃない。」

そう言って俯くと。

「もう、鈍感なんだから…。」

残念そうに言うと美咲は岡田くんと田島くんの
グループのところに走って行った。

みんなで笑う美咲と田島くん、岡田くんを
見て思った。

私はずっと1人だった。

中学に入って美咲と出会うまで。

友達なんてひとりもいなかった。

私は人見知りで…

からっぽで…。

だからずっと初恋のあの男の子が
また会いに来てくれるのを待っていた。

私を暗闇から救い出してくれるのを
ずっと待っていた。

ひとりぼっちの暗闇で消えかかった
線香花火を眺めながら思う。

『今、あなたが隣にいたら…。
どんな話で笑わせてくれるんだろう?
どんなに楽しいだろう?

私はあなたに話したいことが沢山あるのに…。』

線香花火がポタリと落ちる。

遠くから生徒たちの笑い声が聞こえてくる。

孤独感から
寂しさと切なさが込み上げてきて
泣きそうになる。

一瞬、暗闇に包まれた後

またすぐに新しい火花が散った。

線香花火の光に照らされて

田島くんの笑顔が見えた。

「俺もこっちの方が好き。」

そう言って私に笑いかける。

「白石さん、線香花火好きなんでしょ?
いっぱい持ってきた。」

そう笑う田島くんの手には
大量の線香花火が握られていた。

「そんなに出来ないよ。」

田島くんの優しさに思わず笑ってしまった。

頬を伝った涙を隠す。

さっきの寂しさが嘘みたいに
世界がパッと明るくなった気がした。

それからはたわいもない話をふたりでした。

田島くんの入ったバスケ部が
予想以上に厳しかったこと。

私は帰宅部で帰った後は
実家の美容室の手伝いをしていること。

小学校のころ、中学校のころの思い出話…。

「私。田島くんにずっと聞きたかったことが
あるの?」

「なに?」

ずっと気になっていたことを聞けるチャンスが
やっと訪れた。

「中学2年生の文化祭の準備のとき、

どうして私を助けてくれたの?」

田島くんは一瞬、戸惑ったような顔をしてすぐに

「…とっさに身体が動いただけだよ。

ちょうど目の前で白石さんが絵の下敷きに
なりそうだったから。」

そう言って田島くんは優しくて笑う。

「優しいんだね。田島くんは。」

いつも優しい田島くんの笑顔を見て思う。

こんなにかっこよくて優しいのに
田島くんは昔から浮いた話がない。

彼女がいるって話も好きな子がいるって話も。

『田島くんは彼女いるの?』
…そんなことは聞けない。

遠くから聞こえる笑い声の方を見ると
岡田くんたちが楽しそうに手持ち花火をしていた。

そういえば岡田くんも。

「岡田くんは彼女とかいるのかなぁ?」

沢山話をしたせいで何気なく聞いてしまった。
田島くんのことは聞けなかったのに。

「あぁ、あいつ?

岡田にはずっと付き合ってる子がいるよ。

どんなにモテようがあいつは彼女一筋なんだ。

2人の間には誰も入り込めないくらい
強い絆で結ばれているんだ。

…本当、羨ましいよ。」

いつもみんなの中心にいて盛り上げている
岡田くんの意外な一面に驚く。
…もしかしたら田島くんにも。

意を決して尋ねる。

「田島くんは…好きな子とかいるの?」

田島くんは質問の意図が分からなかったようで
少し考えた後、閃いたように言った。

「えっ…。

あっ、昨日話してた初恋の人の話!?

俺の初恋は…。」

まさかこんなところで田島くんの
初恋の話が聞けるとは思ってもいなかった。

私はただ田島くんに彼女がいるのか
知りたかっただけなのに…。

知ったところで
こんな私には関係ないのだけれど。


田島くんは深呼吸をして
何かを覚悟したように話始めた。

「俺も白石さんと同じで

小さい頃の幼なじみ。

正義感が強くて、いじめられてる子を助けたり

泣いている子を慰めてあげたり。

みんなのヒーローだった。

すごい優しくて強いんだ。女の子なのに。」

そう言って笑う。

遠くを見ながら昔を思い出して話す田島くんからは
その子への憧れや愛情が伝わってきた。

「俺、昔は他の子に比べて背が小さくて
病弱で学校も休みがちだったから

クラスの子とかにいじめられてて…。

でもいつもその子が俺のことを助けてくれた。」

「その子のこと今でも好きなんだね。」

私が言うと田島くんの顔が曇った。

「うん。

でも、俺のせいで遠くに行っちゃって

もう会えないんだ…。」

俯く田島くんの目にはさっきまでの輝きがない。

田島くんを励ましたくて

『きっと、またすぐ会えるよ!』

そう言いかけてやめた。

私と同じように本当に好きな人に
会いたくても会えない寂しさを

田島くんは抱えているから。


「素敵だね。その女の子。

私とは正反対。

私なんかいつも自分のことを守ることで精一杯で周りの目ばっかり気にしてる。

でもその子は大切な人をしっかり守れる

優しい人なんだね。」

田島くんを励ましたくて

精一杯の笑顔で伝える。

「そんなことないよ。

白石さんはすごい優しいし強いよ。


…だからもっと自信持ちなよ。

周りの目なんか気にしないでさ!


…俺は守りたかった。その子のことを。

その子にも自分自身を守って欲しかった…。」

夜空を見上げ、田島くんが呼吸を整える。

「ごめん。変なこと言って。

次は白石さんの番!

昨日話してた初恋の人のこと
もっと聞かせてよ。」

田島くんはそう言って明るく笑う。

昨日のことを思い出し
恥ずかしさが込み上げてくる。

「だからあんまり覚えてないって!

…でも私にとってもその人はヒーローだったんだ。

いつも優しくて笑っていて。

その人がいるだけで世界は輝いて
暗闇だって怖くなかった。

だから私はその人がずっと忘れられないんだ。」

次の線香花火を手に取る。

「もう最後の一本だね。」

田島くんが笑う。

気がつくと田島くんの手に一本。

私の手に一本になっていた。

「勝負しようよ。
どっちが長く続けられるか。

負けた方が勝った方のお願いをきくの。」

子供みたいな田島くんの提案に

思わず笑ってしまう。

「いいよ。その勝負する!」

ふたりで同時に火をつけて

なるべく揺らさないように集中する。

「くしゅん!」

くしゃみのせいで私の最後の線香花火の火は
虚しく落ちていった。

「はい!白石さんの負けー!」

嬉しそうに笑う田島くん。

「こんなときにくしゃみなんて…。


ねぇ、田島くんのお願いって何?」

そう尋ねると

「俺の願いは…」

そう田島くんが言いかけた瞬間。

バーン

遠くで本物の打ち上げ花火が上がった。

この日は花火大会だったらしい。

「わー!きれーい!」

季節外れの花火に歓声が上がる。

続々と生徒が花火が見える場所に集まる。

私たちは花火が見える場所から遠いところにいた。

「ねえ。田島くんも見に行こうよ!」

私が花火の見える場所に行こうとすると

突然、田島くんに手を強く引かれた。

勢いで田島くんに倒れこむ。

見上げると優しくキスをされた。

田島くんの真剣な表情に見惚れていると

バーン

花火の音で我にかえる。

誰かに見られていないか辺りを見渡すと。

「誰も見ていないよ。
みんな花火見てるから」

そう言ってもう一度、キスをした。

何故だかとても懐かしい気がして
拒めなかった。

遠くで何度も打ち上がる花火の音を聞きながら

田島くんを見つめる。


『初恋の王子様ごめんなさい。

あなたと再会する前に

わたし、別の人を好きになりそうだよ…。』