次の日。

教室に入って自分の席に着いた途端、前の席に座っていた菜月が振り返った。頭の高い位置でポニーテールにした菜月の黒髪が左右に揺れる。

「おはよう」
「あ……おはよう」

ニッコリ笑う菜月にぎこちなく返す。

悪意のない笑顔を見ていると、ふつふつと罪悪感が湧き上がってきた。

「昨日あのあと家に帰ってから野いちご文庫読んだよ!」
「え? あ、そうなの?」
「うん、もうめちゃくちゃキュンキュンしちゃったー!」

少女みたいに目を輝かせながら菜月が笑う。

屈託のない純粋な笑顔を直視できなくて、とっさに目をそらした。

「琉羽も読んでみる? 読み終わったら貸すよー?」
「ううん、わたしは遠慮しとく」
「えー、なんで? 面白いのに」

スネたようにわざとらしく唇を尖らせる菜月。コロコロと表情が変わるので、見ていて飽きない。

菜月、ごめん。その小説ならわたしも読んだから、面白いことは知ってるよ。でも素直にそれを言えなくて、恋愛小説なんて興味がありませんというフリをする。

「おはよー、なにしてんの?」

むせ返るような甘ったるい香りが鼻をついたかと思うと、菜月の前に座る楠 優里(くすのき ゆり)がそばまでやってきた。

金髪近い派手なオレンジ色の髪を綺麗に巻いて、メイクもバッチリ。優里は有名なファッション雑誌で読者モデルをやっていることもあって、お洒落には一切手を抜かない。

制服の着こなしもただ派手だというわけじゃなくて、足が長くて綺麗に見えるようにスカートとハイソックスのバランスを考えたり、ベストからはみ出るスカートの長さを気にしたり。女子力の高い女の子。

バサバサのまつ毛も、朝からメイクを頑張った賜物だろう。

おめめがパッチリで、人と話す時は常に上目遣い。男子の前ではワントーン声が上がる。

「面白い本があるよって話してたの。よかったら、優里ちゃんも読んでみる?」

菜月が優里に笑顔を向ける。

「もう、また本の話ー?」
「そうだよ、キュンキュンするよ」
「ぷっ、バカみたい。菜月って、彼氏いたことないわけ? 本の中の男より、現実の男に目を向けなよ。あいにく、あたしは間に合ってるんで」

優里は菜月を見下すようにして笑った。好きなものを笑われバカにされても、菜月は笑顔を崩さない。