茹だるような暑さの中、淡々と歩いていた道を振り返る。何とも形容しがたい不安感を追い払うようにため息を一つついてみるが現状は変わらない。

「も、無理、疲れた」

誰にとも無く呟いた声はセミの喧騒の中に溶けていった。


幸いにして生い茂っている木々のおかげで直射日光に当たることはないが、それにしてもこの暑さである。いつ熱中症になってしまうか分かったものではない。

汗の出るうちはまだ何とか…。頬を伝う汗を拭いながらもう一度前を見据えた。


軽い散歩のつもりだったのだ。連絡手段である携帯電話は冷房の効いているであろう涼しいリビングで充電中である。もちろん財布だって持ってきていない。

仮に財布があったとして、数十分と歩いてきた道のりに公衆電話や自動販売機などは見かけなかったが。はあ、ともう一度ため息をつく。なんだか余計に疲れたような気がして叫びだしたくなった。


ビルに囲まれた都会では到底感じられないような澄んだ空気や爽やかな風。果てしなく続くなだらかな道を見ていると少し冒険をしてみようかな、なんて。普段とは違った環境に少しワクワクしていた。

川底が透けて見えるくらいに綺麗な川では小さな魚が見えた。木々に隠れるようにしてあった道の先にはこじんまりとした神社が。二股に分かれた道の真ん中にはちょこんとしたお地蔵様。青々とした草むらに目をやると放牧された牛までいた。

それらすべてが夏特有のきらきらした日差しにあてられて、輝いていた。気分が乗って、ただの木漏れ日すらなんだか宝石のようで。遠くに聞こえたセミの声だって涼し気に聞こえたのだから不思議だ。


グワングワンと響くセミの声に意識が遠のく。

だめだ。認めるしかない。私は絶賛迷子中である。

ちらりと視線を逸らした先、ほんの一瞬ではあるが何かが光ったように見えた。なんだろう、と落ち込んだ気分が少し頭を擡げた。好奇心は猫を殺す。そんな言葉が脳裏に浮かんだけれども。

とうに迷子なのである。今更ここで躊躇したところで現状は大きく変わらないだろう。

心のどこかで反対する自分に言い訳して、獣道とも言えない木々の隙間を抜ける。


5メートルといったところか、木々や草が障害となりスムーズに、とは言い難いが抜けた先には小川が通っていた。さっき光ったように見えたのは光の反射だろう。

つい先ほどまで歩いていたギリギリ舗装された道路よりは幾分視覚的に涼しい。とはいったもののじりじりとした日差しは相変わらずである。

しかしさらさら、だかちょろちょろ、だか、川のせせらぎを聞きながら休憩するのも悪くはない。パンパンになった足のためにもここらで休むというのも手だな、と近くの大きな岩を見繕って腰かけた。


腰かけたところまでは良かったのだが。何せ慣れない凸凹道を一時間近く歩いたのだ。体は疲労を訴えていたし、涼やかな川のせせらぎと心地よい風、加えて木陰の岩特有のひんやりとした岩肌に眠気を誘われた。

少しくらい眠ってしまったところで構わないだろう。太陽はまだ頭のてっぺんにあるし、どうせなら少し日が傾き始めたほうが動きやすい。

ぼんやりとした頭でそう結論付け、ひんやりとした固い枕に頭を預けた。