◇ やってきた男 ◇

 時は中世。

 東西世界の狭間にあるアマトラニ王国の首都ナポレモは現国王アルフォンテ二世の居城を中心に城壁で囲まれた城塞都市である。

 古代ローマ帝国の時代に異民族の侵入を防ぐ前線基地として建設されて以来千年あまり、幾多の戦乱に耐えてきた堅城であった。

 緑広がる周辺の農村は五月の陽気に包まれ、収穫期前の小麦畑には時折吹くおだやかな風に乗って小鳥のさえずりと農民達の明るい声が響き渡っていた。

 城塞都市への入り口となる城門には跳ね橋が下りているが、日没になると橋が引き上げられる。

 初夏の日差しがようやく傾いてきた今もなお、下肥を運び出す農民達や物品を納入する商人達の荷馬車の列で往来が賑やかであった。

 跳ね橋を渡って一台の荷馬車が入城した。

 御者の若い男は軍服を着ているが、所属を示す紋章はなく、流れ者の傭兵のようだった。

 荷車にも飼料用の干し草を積んであるだけで、明らかに商人とは様子が異なっていた。

 井戸を中心とした広場の隅に荷馬車を停めると、男は桶に水を汲んで、干し草の桶と一緒に馬の前に並べる。

 馬は桶に顔をつっこんで一口水を飲むと満足そうにいなないた。

 馬の背中を撫でてやると、若者はにぎわう街の中へふらりと歩き始めた。

 城壁に囲まれた都市は中央に王家の城館がそびえ、西にアサントレの砦、東にはサンミケーネの城郭と呼ばれる区域が隣接し、商人や職人などの自由市民が平穏な生活を営んでいた。

 どの路地にも人があふれ、家々からは笑い声や子供達の歓声が聞こえてくる。