親父は俺に戦闘服を着せ、迷彩色のジープの助手席に座らせた。大音量のスピーカーと暴力で、共産主義と戦う為に。

 子供の頃に別れた父親の記憶が感情の中で膨らんでいった。恋しくて?いや、そんな想いは無かった。『逢いたい』と言うより、事実を知りたかった。
(あのヤクザ者だった父親は今どうなっているだろう)
 幼い頃の記憶だけを頼りに、思い浮かぶ組事務所の名前から幾つかの電話番号を割り出してみる。根気よくねばって何件にもかけてみたが、どれも的外れで核心に近づくことは出来なかった。深い深い脳裏の奥で微かに憶えのあった、当時俺が預けられていた知人の電話番号に辿り着く‥‥。
 手応えのある結果を得られるか?

「今更逢ってどうするんだ?」
「いや、消息だけでも知っておきたくて‥」
「恋しくなったんだな」
「いや、違う」
「お母さんが悲しむんじゃないか?」
「‥‥‥‥」

 大きく一歩近づいた。

 俺は聞き出したナンバーを呼んでみた。受話器の向こうに出た男は
「ここには居ない」
と言うばかり。自分を名乗り、こちらへかけてくれるよう伝えてくれないかと申し出ると、仕方なさそうに別の番号を教えてくれた。

 又一歩、今度こそ核心に触れる距離だ。

 とんでもないことをしている意識がはっきりと感じ取れた。俺を取り巻く空気が確実に音をたてるように変っていく。猛スピードで自分の置かれるシーンが変貌していくのを感じていた。

「シノブなのか?逢いに来れるか?」
「あ、ああ‥」
「明日夜八時、駅前のロータリーで車を止めて待っている。白のセンチュリーだ。距離があるが、お前は何で来る?」
「車を運転して行くよ」
「目立つからすぐ分かる筈だ」
「分かった」