第三章 降
                   

再び眠る気になどなるわけがないので、ノエリアは着替えをして部屋を出た。
誰が王宮に残っているのか確認し書き出して、いまなにをすべきか確認することにした。
まだ正式にシエルの妻ではないけれど、そんなことを言ってはいられない。彼が不在の間いくらかでもひとびとの役に立ちたいと思っていた。

なにができるのかは分からない。だからなんでもするのだ。食事の用意でも、洗濯でも。家事なんて得意中の得意なのだから。

「食料は大丈夫なのかしら。最悪の場合、両騎士団の後退や撤退でここが囲まれてしまうことも予想しなくちゃ。サラ、カーラも手伝ってほしいの」

もちろんという返事と共にカーラは拳を作った。ここでの知識が豊富なのはサラのほうなので一番頼りになる。王宮執事とも関りが深い。

「本当に最悪な状態を想定して、ですね。では薬なども確認しなくては」

ノエリアはカーラと一緒に騎士団棟と王宮内を回り不足しているものがないか調査確認をした。読書や編み物をしながらのんびりしたティータイムを過ごすような日常からかけ離れた状況なので戸惑いもあったが、サラもカーラも文句ひとつ言わず立ち回ってくれている。

「兵とか武器とか作戦や政治のことは、まだ王妃としてはなにも分からないわたしには誰も期待していないのよ。だから、自分ができることをするのよ」

ノエリアはそう言って自分を奮い立たせる。
朝から三人で駆け回りっていると料理人や待機に回った老側近などが協力してくれるようになった。そして王宮内で一番広いサロンを待機所とすることに決めたのはノエリア。大きなテーブルがあること、なにかあったらここへ全員が集まることができる。
王宮内緊急時体制を整えたかった。

「ノエリア様、こんなことをする必要があるでしょうか。いたずらに不安を煽っては……」

いまにも泣きそうな顔をしてカーラが言う。ノエリアはカーラの気持ちが分かるだけに辛い。

「準備は悪いことではありません。杞憂に終わればいいの」

見れば握った手が震えている。ノエリアはカーラの手を取り微笑む。

「リウ様が心配でたまらないのよね。大丈夫、必ず帰ってきます」

「ノエリア様は……怖くないの?」

「怖いし泣きたい。ただ、戦場に行った彼らの帰りをただ泣いてじっとなにもせず待っているのは愚かだと思う」

北側国境へ向かったシエルたちには、ここでの様々な準備は届かないし戦況にはなにひとつ影響しない。けれどその向こうに繋がるはず。

「シエル様たちが帰ってくる場所を守るのがわたしたちの役目」

ノエリアは冷たいカーラの手をぐっと握ると彼女は頷いた。

「……無事に帰ってきたら、わたし、リウ様に今度は手袋を誂えてみようと思います」

カーラにこっそり耳打ちされたので、まわりに気付かれないようにふたりでふっと笑った。
それから、食料や物資をまとめ王都から搬入などを依頼することにし、待機組騎士団や兵は王宮領内の警備、見張台への配備に当たっていた。
ノエリアはサロンを出て廊下の窓に寄った。いつの間にか暮れかける空には、今朝降っていた雪はなかった。

(いまはなにも起こらない。できるならこのまま静かに事態が解決し、そして皆が無事に帰ってきますように)

王宮をぐるりと囲む森は北側だけが楕円に孤立しその真ん中に見張台がある。広大な森だ。この中にソラゾの密偵が紛れ込んでいたらと思うと心臓が掴まれる思いだった。
ドラザーヌの産物を狙うソラゾとの戦い。このままなにも起こらずに終わるなんてことはないだろう。ただ、静かに平和にと祈らずにはいられない。

必ず帰る。帰ったらきみを妻にする。
シエルの言葉とぬくもりを胸にノエリアは目を閉じた。