肩と肩がぶつかった。

俺にとって喧嘩の理由はいくらでもあった。
横柄な態度で俺の横を通り過ぎるサラリーマンのおっさんと肩が当たり
ああ?っと相手の方を見れば謝る様子もなく立ち去ろうとしている。

「ちょっと待てよ」

腕を伸ばし相手の肩をがっしりと掴めば

「んだよ、ガキが」

と、負けじとおっさんが俺を煽る。

「ああ?肩当たってんだろうがよ。気づいてねえのか」

「あ?ああ、当たったな」

悪びれないおっさんの肩を掴む腕に力が入り、無理矢理にこちらを向かせれば

「いってえな!」

とおっさんが声を荒げる。

「おめえの、その肩が、俺の肩にぶつかってんだよ。

なんか言うことねえのか、ああ?」

「うるせえな、ガキが。ゴタゴタ言ってんじゃねえぞ」

と、俺が覚えてるのはここまでだ。




気がつけば目の前には薫がいた。

断片的にある人を殴る感覚が拳にしがみつき
人のうめき声が耳にこびりついている。


そして周りのざわめきは徐々に大きくなった。
だんだんと目の焦点が合い、あ、俺はキスをしているんだと気がつく。


「翔ちゃん」

香りの声がまっすぐ耳に届き、僕は抱きしめられた。

「薫?」

薫の体温が遠ざかれば、心配そうな顔で僕の顔を覗き込む。

「逃げよう」

薫はそう言えば財布から取り出した一万円を
おそらく僕が殴ったのであろう、伸びてしまった例のおっさんのポケットに忍ばせ
僕の手を引いて立たせてくれた。

そして逃げるように僕らはその場から走り去った。
薫の手に包み込まれた僕の手が
ジンジンと痛みを持ちはじめた。


「どうして薫がいるの」

「翔ちゃんが思ってるより私は鼻が効くんだよ」

「答えになってないよ」

「ん、じゃあ愛のパワーってやつかな」

「それも答えになってない」

「でも嬉しいでしょ」

と彼女が笑えば、愛という温かいものが胸の奥から湧き上がってきた。


「愛してる」

「じゃあもう喧嘩しちゃダメ」

「わかったよ」




ーーーー修羅のごとく僕の安定剤