電車の駅のホームには色々な人がいるもので
私にはどうにもこうにもこの乗り物が好きにはなれなかった。

おじさんの隣は汗臭いしサラリーマンの横はお酒くさい。
お姉さんの隣は化粧品臭く、子どもの横は土臭い。
部活生なんてものが乗ってきた時には正直言って最悪で
一度降りて電車を変えようかとさえ思うほどである。

とにかくそんな電車の車内で私と翔ちゃんは出会ったのだけれど、
最近電車のホームはお別れをする場所で
彼はそこに行くまでの足取りが少し重いようだった。

それでも平気な顔をして、明日もお互い頑張ろうな、と
悲しそうな気持ちは全く隠せていないのだ。

怖い顔して、いじけて、馬鹿みたいに可愛い。

私は翔ちゃんの声が好きだ。
少し低くて低すぎず、心地よい。最近は花粉のせいで少し鼻声でそれもまたいい。
鼻声がいいなんて、これだけでよっぽどいい声だってわかる。
そんな声で愛を囁かれたら殆どの女の子がころっといっちゃうんだろうなと
何の気なしに思っていて
今まで何人くらいと付き合ったことあるの?と聞けば20人いかないくらいだと言われた。

23歳でで、20人。初めて彼女ができた17歳の時からでそれって多すぎないかと聞けば
そうか?と眉間にしわを寄せる。
そんな他愛ない会話でも彼が幸せを感じてるのがわかる。

もう少し一緒にいたい、という一言が彼には言えない。

階段を上って腕に抱えていたコートを着ると

「次はいつ会える?」

と乾いた唇を舐めた彼が言う。


その唇をめがけて少しだけ背伸びをする。身長が近い私たちには
その行為は容易いものであったけれど
彼はそんなことをするような不純な男ではないので一瞬時が止まる。

熱い吐息が当たらないように息を止めて目が合い、
生唾を飲み込み喉がゆっくりと上下する。
後方から歩いてくる知らない乗客たちと目があった気がした、
いい歳こいて駅のホームでキスするところを見せつけてやってもよかったけれど

やめた。

翔ちゃんをもっと困らせたい。
どんな顔をするのかが見たい。
外気に当たって冷たくなった頬同士をくっつけて

「またすぐに会おう」

と言えば、面を食らったような
なんとも言えない間抜けな瞳が眼鏡の奥から私を見た。

電車の駅のホームで別れて彼は東口の方向だ、私は西口に向かう。
きっと彼は私の背中を追っている。


ーーーー海外では挨拶だから、でもここは日本だから。