彼女は跪くと、倒れている秋人の頭を軽く小突いた。

閉ざされていた瞼がピクリと動き、真っ暗な瞳が開かれる。

それは『ペインター』先生と同じ……月明りも差さない夜空の黒。

秋人は泣き腫らした凛香の顔と先生の表情を見て全てを理解した。


「東雲秋人。もう過ぎ去ったか?」


秋人は静かに頷く。


「最後に一言、夏宮にお前の気持ちを伝えてやれ」


秋人はしばらく無言で見つめ返した後、立ち上がって凛香の元へ赴いた。


「秋人君……」


凛香が嬉しそうな表情を浮かべても、彼の顔はもう割れた鏡の様に何も映さない。


「どうしてそんな顔をするの……?」


凛香は、必死に何も気付かないフリをした。


「またいつもみたいに楽しそうに笑ってよ……」


届くはずもないのに、華奢な両手を彼へ伸ばした。


「またいつもみたいにヘンなことを言って笑わせてよ……」


クラスメートの大半は、そっと顔を逸らした。


「こんなの絶対におかしいよ……私は秋人君のことが大好きだった。新二君が頼もしい彼氏なら、秋人君のことは可愛い弟みたいだって、そう思ってたのに。三人でいる時だけは、この薄暗い世界でも心の底から笑っていられたのに……秋人君もそうだったでしょ?」

「……………」

「ねえ、秋人君……もうあの頃には戻れないのかな?」