――東雲秋人が指さしていたのは、隣に座っていた凛香だった。


「……え? 秋人……君?」


凛香は一瞬戸惑い、そして彼の表情を見て寂しげに微笑んだ。


「そうだったんだ……杉浦君じゃなくて、最初から――」

「――ごめん……なさい……」


淡い茶色の前髪の下から、ポロポロと涙が零れ落ちる。


「ごめんなさい……僕はりんちゃんを守れなかった……約束を破った悪い子です……」

「……いいんだよ……」


そう言って、彼の頭を撫でる凛香の手が小刻みに震える。


「悪い子は、テストで良い点を取れなかった私なんだから」


その刹那――横から猛然と突進してきた誰かに突き飛ばされて秋人は倒れた。

新二は叫び声を上げながら拳を振り上げて秋人の顔面に叩きつけた。何回も、何回も。


「秋人おおおお! 普段はペラペラ喋るクセに、肝心な時はボソボソと良く聞こえねえなあ! もう一度言ってくれ!」

「僕は……僕はりんちゃんを……」

「りんちゃんって誰だ⁉ そんな名前の生徒はいねえ! はっきりとお前が倒さなきゃならない男の名前を言ってみろ!」

「ぐうっ……夏宮……凛香を……強制……連行……!」

「男と女の区別もつかねえのか⁉ これはもう重症だな! 先生、コイツ具合が悪いみたいなんで日を改めて――」

「いや……東雲秋人はすこぶる健常体だから安心しろ。それも今までにないほどにな」

「ああそうかよ! だったらどこから見てもコイツが具合が悪そうだってことを証明してやる!」


新二が殺しかねない勢いで拳を振りかぶった瞬間、


「――新二君、もうやめてっ!」


悲痛な少女の叫びだけが、唯一彼の凶行を止めた。


「やめて……。私はもう、いいから」


少女は陽炎の様に儚く笑う。


「いいって……何が良いんだよ……? 何も良くないだろ……?」


馬乗りになっていた秋人を放して、新二は立ち上がる。


「だって、私はこの教室で一番おバカなんだよ? 新二君が散々バカだバカだ、って言ってた秋人君とは比べ物にならないくらい」


凛香はそう言って、自ら席を立つ。


「このままじゃ私はクラスのお荷物になっちゃう。ここにいたら、私がみんなを殺してしまう。だから私はここにいてはいけない。秋人君の判断は正しいんだよ」

「頼むから……そんなこと言わないでくれよ……!」


新二は、この教室に来て初めて泣きそうな顔になった。


「点数がどうとかそんなの関係ない……俺はお前を守るって決めた……だからずっとずっと、俺の側にいてくれよ……」


そう言ってフラフラと彼女に近づく彼の目に、眩しいくらい強烈な螺旋が回る。

だが、それを見つめ返す凛香の目にもまた――それに負けない程の鮮烈な螺旋が。


「ダメだよ、新二君。いくら好きな人のお願いでも――」



「他人に迷惑をかけるのは、イケナイことだもん」