秋人は巨大な白い渦の中心に立っていた。

渦の向こう側には様々な光景を映したパネルが飛び回っている。

大好きな家族。

快活に笑う友達。

美しく咲き乱れる草花。

陽光を受けて煌くコバルトブルーの海――

秋人はそちら側へ行こうとしたが、渦は彼を掴んで放さない。


「どうして行かせてはくれないの……?」


秋人の瞳から透明な雫が落ちた。


「どうして出て行ってくれないの……?」


その瞳の中にもまた……激しく渦巻く白い螺旋。

秋人はいきなり人差し指を目に突っ込み、それを抉り出そうとした。


「あああああああああああ!」


激痛に耐えながら何度も眼球を抉ったが、指を抜くと瞳と螺旋は一瞬で元通りになってしまう。


「お前には無理だ」


突然の声に振り向くと、渦の向こう側に『ペインター』先生が屹立していた。


「先生……? どうしてここに……?」

「私はお前の先生だ。助けに来たに決まっているだろう」


暴君教師のらしくないセリフに、秋人は困惑する。


「ならどうして、今まで僕をイジメたんですか? とてもツラくて、痛かったです。それに……杉浦君にイジメられている時も先生は助けに来てくれなかった……」

「必要だったからだ」

「どういうことですか?」

「一つヒントをやろう。あの教室、『特別学級』という名は実は偽名だ……その本当の名前は『螺旋教室』」

「らせん……きょうしつ……?」

「お前の様に螺旋に囚われた生徒たちを更生する目的で作られた、非公式の国家プロジェクトだ。私は元々普通の学校の教師だった。が、適性を見込まれてお前たちと同様に拉致され、あそこに連れてこられた」

「そっか……先生も無理やり連れて来られたんですね……それはとても可哀そうだと思います」


秋人が呟くと同時に、突如頭上から降り注いだ電撃が秋人を襲った。


「うわあああああああ! ううっ……イタイよぉ……今の何ですか……?」

「お前は私に『可哀そう』だと言った。あれほど自分を痛めつけた相手にも関わらず……だからお前に『おしおき』をした」

「こんな場所でも『おしおき』をするんですか……⁉ やっぱり先生なんて大キライだ! どっか行っちゃえ!」

「お前の為に……必要なのだ」


ハッと秋人は顔を上げる。

『ペインター』先生の目は相変わらず無機質で温かみの欠片もなかったが――しかし今まで会った誰よりも、秋人の目を真っすぐに見ていた。


「私に付けられた『ペインター』というコードネームの由来は二つある。一つは『染める』を意味する『ペイント』。もう一つは『痛み』を意味する『ペイン』」

「何を……言って……?」

「これで分からなければお前も所詮、その程度だ。……さあ、行け」
彼女が片手を挙げると――漫画の様に世界が崩壊するでもなくどこかに飛ばされるでもなく、ただ一瞬にして視界が暗転した。



「特別授業は、もう終わりだ」