検診センターの駐車場は混むことで有名なので、私はバスで来たのだけど、廣瀬さんは果敢にも車で来ていたらしい。

「こうなってみると無理してよかったです」

やはり駐車スペースは満車だったらしく、建物脇の通りにみっしり縦列駐車する形で車が並んでいた。

「動かしますから、離れて待っていてください」

私ならひと目で諦めたであろう高度な駐車テクニックだ。
やり方を思い出そうにも、教習所の教官に泣きつく自分の姿しか浮かんでこない。

シルバーの、駐車場に並んでいたら見分けがつかないありふれた車を、廣瀬さんは難なく動かした。

「お邪魔します」

と、助手席のドアを開けて、一応の確認をする。

「あの、後ろに乗った方がいいですか?」

廣瀬さんは不思議そうな顔をした。

「お好きな方で構いませんけど、前の方が話しやすいです」

「彼女さん、嫌がりません?」

彼女なんていないと思うけど、確認するのが礼儀のひとつ。

「彼女がいて他の女性に声をかけるほど、不誠実じゃありません」

「ですよね」

今度こそ乗り込むと、車はするする走り出した。

可もなく不可もない車内だった。
不清潔ではないけれど、これと言って気を使ってる風でもない。
シガーライターソケットからは携帯充電器のコードが伸びていて、助手席と運転席の間には小さなゴミ箱とつぶれたボックスティッシュがあるくらいだ。

「運転中落ちてきたとき、うっかり踏んじゃって」

ボックスティッシュを見ていた私に、廣瀬さんはえへへ、と笑った。

「シルバーって人気カラーだけど、その分見分けつきにくくないですか?」

私はよく自分の車を見失う。
基本的に車には興味がないので車種なんてわからないし、なんなら車輪が四つついていればみんな同じに見えるほどだ(あ、さすがに軽トラやバスくらいならわかりますよ)。
だから車の色は、黒と白とシルバーを避け、今はコーヒーブラウンを選んだのに、似たような色の車があると100%惑わされる始末。
シルバーの車なんて買った日には、ショッピングモールの駐車場を一生さ迷って生涯を終えるに決まってる。

「埃って灰色だと思うんですよね」

廣瀬さんは正面を向いたまま言う。

「白でも黒でも汚れが目立つ。それって、きっと埃が灰色だからなんですよ。だったらグレーとかシルバーなら目立たないかなって」

「それはそうかもしれませんね」

非常に合理的な考え方だ。
マメに洗車するという思考のない私は、深く納得した。
その間にも、車は着実に住宅街の細いカーブを曲がっていく。