鬼澤が逮捕された。
振り込め詐欺グループ、黒瓦組に拠点を提供、見返りをもらっていたことが罪に問われたのだ。さらに、オリンピックイベント施設建設においてT建設に便宜を図ったことも捜査が進んでいる。現役事務次官の逮捕劇、しかも黒い繋がりというのはセンセーショナルにニュースをにぎわせた。
黒瓦組は事実上壊滅。私を拉致しようとした男たちも暴行の容疑で逮捕された。

豪は右の肋骨を折る怪我をした。私が返された後、局長が病院に連れて行ったと聞いたのは翌日。
しかし、その日の午後には半日遅れで出社してきた。

『ヒビが入っただけだから問題ない』

本人はそう言っていたけれど、私を助けに来てくれて負った怪我。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
豪が平然と仕事をこなすから余計に胸が苦しくなる。それなのにかける言葉が見つからない。きちんと御礼すら言えていない。

豪と上手く話せなくなっている自分を感じる。
豪は私に主計局に異動してほしいのだ。そのために局長と話までつけてきた。
私には何も言わずに。
豪の考えていることはなんとなくわかる。やみくもに私を遠ざけたいわけじゃない。私を想っての行動だろう。

……だからこそ許せないこともある。
結局私は豪に信頼されていないのだ。ひとりの人間として認めてもらえていないのだ。
本当に勝手なヤツ。私のことなんかどうせ下にしか見ていないんだ。

しかし、今回の豪の怪我で私の考え方にも変化が生まれた。
私は豪に『認めてもらう』必要なんかない。
そうだ。私は私だ。
認めてもらわなくなった朝比奈翠は朝比奈翠のまま。

このまま豪の思う通りにしてやる義理なんて、ある?

「局長」

私はその日中に局長に声をかけた。

「異動の件でお話があります」