「よし! 今夜の仕込み完了、っと」

アンナ・ローランドは額の小汗を拭い、栗色のくせがかった長い髪の毛を、お気に入りの髪留めで結いなおした。そして寸胴鍋に五十人前はあるスズナ(カブ)のシチューをかき混ぜ味見をすると、その出来栄えにアンナは「うん!」と満足げに微笑んだ。

ランドルシア王国の王都はずれにある森の中に、アンナの自宅兼職場である大衆食堂“トルシアン”はひっそりと佇んでいた。古びた丸太小屋のような造りで窓がいくつかあり、一階が食堂で二階が住居になっている。

庭には多種多様のハーブが育てられていて、こんなうっそうと生い茂る森に食堂があるのも珍しいが、アンナの作る料理目当てに遠方から足しげく通う者も少なくない。また、トルシアンにはひとつ変わった特徴がある。それはメニューが日替わりで一品しかなく、来た客全員が同じものを食べることだ。しかし、この食堂は下手に薬を飲むよりよく効くという薬膳料理が売りの店で、それを振舞っているアンナは常連客から愛嬌があって明るくて可愛らしい、と評判の看板娘だった。

営業時間は朝八時から二時間、夜は十九時から料理がなくなり次第閉店で今、まさに夜の営業が始まろうとしていた。