同居生活に慣れてきたこともあり、圭さんは5月の連休に金沢の実家へ帰ることにしたという。

「今度のゴールデンウイークの後半、5月3日から5日まで、2泊3日で金沢の実家へ帰ろうと思っているけど、一緒に来ないか」

「実家は金沢なんですか」

「祖父母が住んでいた、中学から大学卒業まで過ごした家がある。名義が自分になっているので、管理のために、5月の連休と夏休み、できればお正月には帰って、家や庭の手入れをしている。駐車場もあるけど、それは不動産屋さんに管理を任せていて、手数料を除いた金額が銀行口座に振り込まれるので、それを税金や電気・ガス・水道の支払いに充てている。布団もあるので、宿泊費はかからない。旅費もその口座のお金を当てるので大丈夫だから」

「金沢には行ったことがないので連れてってください。圭さんの実家も見てみたい」

「その代わりに、掃除と整理を手伝ってくれるかい」

「もちろんです」

【5月3日(火)憲法記念日】
新幹線が開通してから金沢は観光客が多くなっているという。圭さんは切符の予約をしたけど、1週間前だったので、2人隣り合わせの席が朝の早い時間でないと取れなかったとすまなさそうにいった。8時36分発の「かがやき」。私はいつも通り起きて、朝食とお弁当を作った。

東京駅から2時間半で11時には金沢駅に到着した。途中、私は過ぎていく景色が珍しいのでずっと外を見ていた。圭さんは見慣れた風景だからと居眠りをしていた。でも要所要所は説明してくれた。

北陸新幹線開通前は、越後湯沢まで上越新幹線で1時間半、それから特急に乗り換えて2時間半で4時間もかかっていたという。

ただ、途中、日本海や北アルプスが見えたりして、それなりの良さはあったとか。今の新幹線からの景色はあまり良くないし、乗り換えがなくなったので、大体居眠りしていると言う。でも便利になって観光客が増えたと言っていた。

駅からタクシーに乗車して15分くらいで圭さんの実家に到着した。実家は金沢の旧市街にあり、家の前の道路が狭い。

金沢は戦災に合っていないので、旧市街はいまでも道が狭く入り組んでいるそうだ。加賀藩の前田利家が守りのために道を入り組んだものにした名残だとか。また、実家の回りは寺院が多い。これは、こちら方面から攻め込まれるのを避けるためだったとか。

道が狭いので、以前は家が密集していたけど、家を建て替える時に道路から2m離して立てるという条例があり、また金沢は自動車がないと生活できない環境になっているので、建て替える時には家の前に2台分くらいの駐車場スペースをつくるのが一般的になってきているそうだ。

以前と比べて随分道路が広く感じられるようになったと言っていた。ただ、若い人が都会に就職するのと、少子高齢化の影響で空き家が多くなっているとか。圭さんのおうちもその一軒。

「着いたよ」

「思ったより、新しい家ですね」

「祖父が定年になった時に建て替えたので築20年くらいかな。今でも十分に住める。処分しようかとも思っているけど、思い出もあるので、当分はこのままにしておくつもり。ただ、メンテが必要なので時々帰省している」

「実家があるって良いですね。私にはないからうらやましい」

「中に入ろう。案内するよ」

「1階は、キッチン、リビング、和室、トイレ、洗面台、お風呂。2階に上がろう。2階は洋室が2部屋とサンルームとトイレ、洗面台がある。ここが僕の部屋で隣のサンルームと続いている。晴れているから窓を全部開けておこう」

「圭さんって薬学部だったの。書棚に薬理とか製剤とかの専門書があるけど」

「そう、だから薬剤師の免許も持っている」

「知らなかった。でも会社は食品会社だと聞いているけど」

「卒業研究は薬理学で実験動物を使う研究だった。毎日ケージからモルモットを取り出すのが僕の役目で、10匹ほど仕入れて、毎日一匹ずつ実験に使うけど、取り出す時に悲しそうに鳴くんだ。自分の運命が分かっているように。それで、こんな仕事はしたくないと思って、製薬会社とは違った分野の会社を探したら、今の食品会社が薬学部卒を募集していて応募したら採用された。ちょうど、健康食品の企画開発要員がほしいとのことだった。はじめの5年間は研究所で商品の開発をしていたけど、今は本社で企画開発の仕事をしている」

「圭さんはやっぱり優しいんですね。はじめて聞きました。今まで、自分のことで精いっぱいで、圭さんのことは何も知らなかったから、圭さんのことをいろいろ聞かせて下さい」

「聞きたいことはいつでもなんでも聞いて良いよ」

「そう言われるとすぐに思いつかないわ」

「外を見てごらん。この辺りはお寺が多いので、ほらお墓がみえるだろ。どんな感じ」

「夜はこわそう」

「はじめてだと気味が悪いと思うけど、すぐに慣れてくる。大体、車もほとんど通らないし、とても静かだ。それにこの辺りは高台なので洪水の心配もないし、昔から大きな地震があったとも聞いたことがない。住むには良いところだよ」

「東京で大地震があったら、ここに避難してくれば良いから、やっぱり売らない方が良いと思います」

お昼になったので、リビングに降りて、お弁当を食べた。それから、圭さんは前と右隣の家へ土産を持って挨拶に行った。

その後、私が手伝って、家の中を大掃除して、布団を干したり、押し入れの中の不用品を整理したりした。今までは一人でなかなか進まなかったので助かったと圭さんはお礼を言った。

夕食は、連休中も営業しているとのことで、近くのうどん屋さんへ連れて行ってくれた。金沢のうどんは関西風でおいしかった。東京の味の濃いうどんにはなかなかなじめないので帰ったら必ず食べに行くそうだ。

それからお風呂を沸かして入浴、2階の洋室に布団を2組敷いて、就寝。手をつないで寝てもらった。

【5月4日(水)みどりの日】
翌日は、朝起きると2人で散歩方々、コンビニへ朝食を買いに出かけた。天気も良いので、今日1日は観光の予定。

朝一番で忍者寺といわれている妙立寺へ。朝一番なので、予約なしで入れた。圭さんは前にも入ったことがあるそうだ。

中は仕掛けがいろいろあってそのため忍者寺とも言われているとのことで、忍者がいたわけでなく、前田藩の隠し出城の機能を持っていたところのようだ。私は珍しいので感心して見ていた。

それから、大通りへ出て東へ歩いて行った。圭さんと手をつないで指を絡めて恋人つなぎにすると、一瞬私を見たようだったけど、私は知らんぷりしてその手を振って歩いていると、そのままにしてくれた。

それから1日中、手をつなぐときは恋人つなぎ。圭さんも慣れたのか? 諦めたのか? それとも嬉しいのか? ともあれ作戦は大成功。はたから見ると年が離れているけど恋人同士に見えると思う。

坂を降りると大きな川が流れていた。そのあたりは川の両側に桜の木が植えられているので桜橋と名付けられた橋があった。橋を渡って、大通り沿いにゆっくり歩いて行くと、15分くらいで兼六園、近代美術館に出る。兼六園の角の神社でお参りして、おみくじを引いた。

「残念『末吉』だった」

「末吉は末広がりで良いと言われているよ。美香ちゃんはこれまでいろいろ辛いことが多かったので、これからは良くなると言うことだと思うよ」

「圭さんとこんな楽しい観光旅行ができるなんて、想像できなかったから、このまま段々と運勢が良くなるかも」

「人生、良いことも悪いこともあるさ。悪いことがあった人には必ず良いことがある。苦労は必ず報われる。人生は皆、平等に出来ている。人生は行って来いだよ」

「圭さんはおみくじ引かないの」

「昔、おみくじを引いて『凶』が出たんだけど、運が悪いとか言ってもう一度引いたけど、やっぱり『凶』だった。もう怖くなってそれから一切おみくじは引かないことにしている」

「『凶』が出て、何か悪いことあった?」

「特段、悪いことはなかったように思うけど」

「自分の将来を占ってもらったことはあるの?」

「ない。将来については、自分の力ではどうにもならないことが多いから、あれこれ心配しないことにしている。事に遭遇した時に自分にできる最善の方法を考えて、最善のチョイスをすればよいと思うことにしている」

「圭さんの言うとおりです。私もそうしたいです」