今年の年末年始は大阪で過ごしたいと娘の栞が電話をして来た。きっと恋人でもできたのに違いない。心配だがもう親が口を出すこともない。望みどおりにさせてやろう。それならと凜に電話する。

「年末年始はどうするの?」

「年末は31日までですが、年が明けても朝まで営業しています。3が日は休んで4日から営業を始めます」

「それなら、2日に初詣に行かないか。2日なら少しは神社も空いているだろう。それと初売りに行かないか? 君になにかプレゼントしたい。クリスマスにも会えなかったから」

「31日は年越しに店に来て下さい。年が明けたら一緒に初詣に行きましょう」

「いや、やめておこう。前にもいったとおり、君の職場に訪ねて行くのは遠慮するよ」

「私がお客さんの相手しているのを見るのがお嫌なんですか?」

「それもあるけど、僕は昔のように、君と客として付き合いたくないんだ」

「ありがとう、私をそんなに思っていてくれて。2日の待ち合わせ場所と時間をメールで入れてください」

「分かった。じゃあ、良いお年を!」

「良いお年を!」

2日の10時に凛の店から表参道の大通りへ出る小路の出口で待ち合わせをした。丁度10時に凜が和服で現れた。メガネをかけている。

「おめでとう」

「新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく、大みそかはどうだった」

「12時過ぎまでお客さんがいて、それから皆さん、初詣に出かけました。3時ごろにまたお客さんが戻ってきて朝まで飲んだり歌ったりでした」

「書き入れ時だね」

「12月と1月はまずまずですね」

「お参りに行こう、人出はどうかな」

「2日でも結構混んでいるみたいですよ」

凛の言ったとおり、まだ随分と混んでいる。元日はもっと混んでいただろう。時間がかかったがようやくお参りできた。凜は長い間手を合わせていた。覗きこんでいると目が合った。

「何をお祈りしていたの」

「このままの生活が続きますようにって」

「今の生活に満足しているんだ」

「満足と言うか、これ以上も望みませんので」

後に人が混んでいるので押された。すぐに横へ歩き出す。

「欲がないんだ」

「欲って限りがないですから」

「言うとおりだ」

「あなたはなんてお祈りしたんですか?」

「そばの人と結ばれますようにって」

「もう結ばれているじゃないですか」

「まだ、足りないから、それ以上をお願いした」

「どういうことですか?」

「今よりももっと親密になりたいってことかな」

「いまでも相当に親密だと思いますけど」

「君の言ったとおり、欲には限りがないんだ。君のように考えられると楽なんだと思う」

手を繋いで参道を出て大通りへ向かう。歩道は人でごった返している。

「今日はおみくじを引かなかったね」

「物事なるようにしかなりませんから」

「そうかな、何とかするのも大事だと思うけど」

「でも、大事な場面ではよくよく考えて悔いのないように決めています」

「それで後悔しないの、判断を誤ったって」

「ありません。その時に良いところも悪いところもよく考えてのことですから、想定外のこともありますが、結果が悪ければ諦めるだけです。自分が諦めれば済むことですから」

「諦めると気が楽になるのは分かる気がする。いつまでも引きずらないことが大事かな。随分時間がかかるけどね」

「亡くなった奥様のことをおしゃっているの?」

「それも含めてかな」

「プレゼントをしたいけど、何がいいかな」

「いままで、プレゼントはいただかないことにしていました」

「どうして」

「いただいたものに縛られるような気がして、でも、あなたからはいただくわ、今はあなたと繋がっていたいから」

「それは嬉しい、何がいい?」

「細い鎖のブレスレット、シルバーがいい。いつも着けるから無くすかもしれないので、高価なものでない方がいいです」

「指輪はどうなの?」

「指輪よりルーズでいいかなって、でも浮気がしたいってそういう意味ではないんですけど」

「そういってくれて嬉しい。プレゼントのし甲斐がある」

すぐに近くの目に入ったジュエリーの店へ行った。指輪が一番多くて、次がネックレス、意外とブレスレットは少ない。

凜が望むようなものが数点見つかった。凜はその中から、二重チェインのものを選んだ。値段もそこそこなのでカードで支払って、すぐに着けてもらった。

和服では目立たないが、白い肌にぴったりだった。店に出るとブレスレットはきっと客の目にも付くだろう。着けていてくれるかだが、確かめるすべはない。

「お店に寄って行きませんか、3日まで休業ですからお客さんは来ません」

「そうだね。ここまで来たので寄らせてもらおうか」

店の中は暖房が入っていないのでひんやりしていた。

「ここは寒いですから、上へあがりませんか? その方が落ち着きます」

「君がいいというのなら上がらせてもらうけど」

「じゃあ、ちょっと待っていてください、着替えと片付けをしますから」

店の中の奥のドアを開けると階段があった。凜は登っていった。しばらくするとどうぞの声がする。

そこを上ると凜の住んでいると言う部屋があった。広めのダイニングキッチン、その奥に板敷きの8畳くらいの洋室があり絨毯が敷いてある。

それにビジネスホテルのようなバスと洗面所とトイレが一体になったバスルームがついている。エアコンが効いていて温かい。

部屋は新しくはないがきれいに整っている。窓際のセミダブルのベッドが目に入る。凜は和服を脱いで部屋着に着替えていた。

「和服じゃ、お料理しにくいから、着替えました。ごめんなさい」

「お料理って、ご馳走でもしてくれるのかい」

「お正月ですから、何かご馳走します」

「それはありがたい。今年の正月は一人ぼっちで何も準備しなかった。娘がいればお節料理のセットでも買ったところだが」

「お嬢さんは?」

「今年は向こうで過ごすだと、いい男でも見つけたのならいいが」

「心配なんでしょう?」

「もう大人だから、本人に任せることにした」

「一人では食べきれないのであまり買ってありませんが、お節の材料は少し買ってあります。準備しますから、ゆっくりしていてください」

凜はホットウイスキーを作ってくれると下の店に降りて行って材料やらを持ってきた。飲みながら、凜が準備するのを見ている。

「一人ぼっちの正月より二人の正月がいいね」
「私も今同じことを考えていました」