都内で自分のような中年の男が女性と一緒に行けるところで、人も多くないところを選ぶのは難しい。

それでも出張などで日曜日がつぶれない限り、凜を誘って出かけては食事をした。食事は個室のあるところを選んだ。凜は必ず付き合ってくれた。

今度の日曜日と月曜日は連休となるので凛を一泊旅行に誘ってみようと思った。携帯に連絡を入れる。

「今度の連休だけど、日曜日に出かけて一泊して月曜日に帰ってくる旅行へ行かないか?」

「休日の夜は店を開けないのでかまいません」

「どこがいい?」

「おまかせしますが」

「じゃあ。無難なところで箱根でも当ってみるよ。予約がとれたら、待ち合わせ時間と場所などをメールで連絡する。それと同室でいい?」

「かまいません。楽しみにしています」

ネットで調べて、芦ノ湖の湖畔のホテルを予約した。新宿から10時10分発のロマンスカーで箱根湯本に入る予定で、改札口で待ち合わせることにした。

日曜日、待ち合わせ場所には早めに到着した。新宿駅は広いので待ち合わせ場所でうまく落ち合えるか心配だった。まあ、携帯があるから連絡はすぐに付くので安心ではある。

娘が選んでくれて気に入っているジャケットを着てきた。少しは歳よりも若く見えるだろう。手には小さめの旅行鞄を持っている。

改札口に到着したが、10時までしばらく時間がある。周りを見渡すと、凜らしき女性が立っている。今日もメガネをかけているが、凛に間違いない。近づいて「おはよう」と声をかける。凜が驚いたように振り返る。僕と分かって安どの顔を見せる。

「早く着いていたの?」

「駅は広いのでうまく会えるか分からないので早めに来ました」

「今日もメガネなんだ」

「サングラスでは返って目に付くから、これはだてメガネで度が入っていません。コンタクトをしているので、すぐにはずします」

「やっぱり気にしているのか」

「そうでもないけど、用心に越したことないですから」

「すぐにホームへ行こう」

「二人で歩いていると、はたからどう見えるかしら」

「中年男とその愛人?」

「今日はどちらかというと地味な服装にしました。そういうあなたはどちらかというと若いスタイルだから、そうは見えないと思います」

「実際、君は愛人でもないし、普通の交際相手だから、そのような関係にしかに見えないと思うけど」

ホームにはすでにロマンスカーが入っていた。指定の席に着くと凜を窓際に座らせる。まもなく発車した。

この車両は小田原までノンストップだから、発車すれば新たな客は乗車してこないというと、凜はメガネを外した。そして外をじっと見ている。街並みや住宅街が続く見慣れた東京の風景だ。

車内販売が来たのでコーヒーを二つ購入。

「ずっと外を見ているね。考え事でもしている?」

「旅行は久し振りですから、のんびりと外を見ていました。誘っていただいてありがとうございます。私の分の費用は私が払います。そうさせて下さい」

「大体一回分くらいだから、気にしなくても良いけど、君がどうしてもというならそうしてもいい」

「さっき、おっしゃったでしょう、愛人ではないと、だから、なおさらそうさせて下さい。嬉しいんです。まともな女として付き合ってもらって」

「でも下心はあるけどね」

「男は皆そうです」

「まあ、そうかもしれない。でも二人でのんびり過ごしたいと思っている」

「私もです。久しぶりに温泉に浸かってのんびりしたい」

「気楽に行こう、気の向くままにしたい」

僕の肩にもたれて外を見ていると思っていたら、凜は眠っていた。日曜日は自宅でゆっくりしたかったのかもしれない。早起きをさせてしまった。しばらくして目を覚ました。

「眠っていたみたいだけど、早起きさせたからかな」

「いえ、そうじゃなくて、心地よくて眠ってしましました。こうしていると安心するというか」

「それならいいけど、僕もひと眠りさせてもらおうかな」

外の田園風景を見ていたらいつのまにか眠っていた。電車が止まった。二人とも眠っていたみたいだった。

「着いたみたいだね、意外と早く着いた」

「あれからまた眠ってしまいました」

「これだけ眠ったら今夜は眠れないかもしれない」

「それなら夜通しお話ししましょう」

「・・・・」

それから箱根登山鉄道に乗り換えて、ケーブルカーに乗り換えて、ロープウェイで湖尻に到着した。そこから船で元箱根へ向かい予約したホテルには3時前には到着した。

凜は箱根へは修学旅行で一度来ただけと言っていたので、途中の大涌谷ではロープウェイを降りて二人で散策した。凜はまるで修学旅行の生徒のようにはしゃいでいた。ここでは人目も気にならないと見える。そして湖尻で軽く食事をした。

案内された部屋は和室で窓際の小部屋にはソファーがあって湖が良く見える。露天風呂ではないが、湖が見える温泉のお風呂がついていた。

「お風呂がついているけど、僕は大浴場に行ってくる。君はどうする?」

「私も大浴場に行ってきます」

二人は浴衣をもって早速、大浴場へ行った。久しぶりの温泉はいい、身も心も温まる。

部屋に戻ると凜はまだ戻っていなかった。窓際のソファーに腰かけてビールを取り出して飲んでいる。

窓から芦ノ湖の湖面が見える。遊覧船が動いていく。今日は快晴で湖面に周りの山々が映り込んでいる。絵葉書のようで眺めていると心が休まる景色だ。いつまで見ていても飽きがこないし、少しずつだけど時間と共に変化している。

浴衣に着替えた凜が部屋に戻ってきた。凜の浴衣姿を見るのは初めてだが色っぽいので、じっと見つめていた。

「そんなに浴衣姿が珍しいですか?」

「きれいだし、色っぽいね、いいもんだ浴衣姿は、目の保養になる。どう、ビール」

「はい、私もいただきます」

凜は僕の正面に腰かけた。そしてうまそうにグラスを空けた。

「おいしい」

「いい、飲みっぷりだね」

「温泉に浸かって、湯上りにビール、やっぱりこれが最高ですね」

「親父みたいなことを言うね」

「もう一杯お願いします」

もう一杯もうまそうに今度はゆっくりグラスを開けた。凜は満ち足りた表情を見せて僕に微笑んだ。僕もグラスを空けると、凜が注いでくれる。

「少し酔いが回って気持ちいい。横に座っていいですか」

「もちろん」

凜が隣に座って寄りかかってくる。こちらも寄りかかるようにしてバランスをとる。

「恋人同士って、きっとこうしてもたれ合うんじゃないかなと思って」

「もたれ合いたいから、恋人同士なんだと思うけど、きっと」

「それなら、私たちは恋人同士?」

「そこまで言えるといいけどね」

「でもこうしているとなぜかほっとします」

凜は目をつむって僕にもたれかかっている。その湯上りの身体が温かい。

「僕はいつも君に癒されていた。今、君がそういう思いをしているとは妙な気分だけど」

「いつもあなたは私といると癒されると言っていましたが、その気持ち分かるような気がします」

「分かってくれた?」

「今はどうなんですか?」

「癒されるっていうより、少しドキドキしている。好きな娘に身体を預けられてどうしようって」

「いつもと違うの?」

「ああ、ドキドキして緊張している。この後どうしようかと考えているから」

「どうしようって?」

「抱きしめてキスしたい」

凜を抱きしめてキスをした。凜は抱かれてじっとしている。しばらくそのまま凜を抱いていると、温泉の匂いとぬくもりに包まれる。凜の身体の心地よい温かさを感じている。

「今ようやく心が満たされて癒された気持ちになった」

「よかった、そういう気持ちになってもらえて」

今の二人はただ抱き合っているだけでよかった。そのまま二人はうたた寝をしたみたいだった。