『先生には簡単なことよ』

『項から背にかけて死斑はあったが、どうも薄い』

『実は私、あの家で忘れ物をしたけれど、返ってこなかったことがあるから』

『そう。例えば……不都合な真実を隠すために、とかな』

『ヴェターは雨が降りそうになると花の色が薄い水色から濃い青に変わるんです』

 膨大な記憶と情報がセシリアの頭を駆け巡る。

 あと少し、あと少しですべて繋がりそうなのに――。
 
 セシリアが目覚めたのは、太陽が高い位置にいる頃だった。ゆっくりと体を起こし、凝り固まった肩をほぐす。

 夢に近いなにかが頭の中を錯綜していたが、結果的に熟睡できた。久しぶりに体も思考もすっきりしている。

「おはよう、セシリア」

 不意に声をかけられ、セシリアは目を向ける。いつもの仕事机に団服姿のルディガーが座っており、セシリアはすぐに自分の状況を思い出した。

「すみません、私っ」

「よく眠っていて安心したよ」

 にこやかに告げられ、セシリアは急いで立ち上がる。昨日の彼とのやりとりを思いだし、狼狽しそうになるのを懸命に抑え込んだ。

 ルディガーはあれから寝たのだろうか。本当にずっと、そばにいたのだとしたら申し訳ない。

 沈みそうになる気持ち振り払い、セシリアはこの後の自分のするべきことについて考え、とにかく一度自室に戻ろうと決める。

 その旨を伝え、部屋を出て行こうとしたが、ドアに手をかける寸前にセシリアはルディガーに切羽詰まった口調で告げた。