一見ミステリアスな彼は、話してみれば普通の男の子だった。時々「おや?」と思うことはあっても、まあ想定内だなということがほとんど。
しかしそれは、単に普段の生活の中だけ。


絵画学科に通っているだけあり、絵に対するこだわりはそれなりにあるのだった。


「とんぺい焼きの売上、いいらしいよ」

掘りごたつの中で脚をぶらぶらさせながら、くいっと生ビールを口に注ぎ込んだ。
しゅわっとした感覚が喉を通り、苦みが口の中に広がる。

私の言葉の意味を、少しの間だまって考えていたらしい睦くんがやっと反応した。

「……ああ、ブラックボードに描いたやつ」

「そ。あれ本当に美味しそ…じゃなくて、なんて言えば褒め言葉になるの?」

初めてあった時に彼に言われた。

『美味しそうって褒め言葉じゃないから、嫌い』

じゃあどう声をかけたら褒められた気になるのだろうか。
じつはずっと気になっていた。


居酒屋でバイトを始めてから少し経った頃、小塚店長が私の歓迎会を開いてくれた。
その日勤務のメンバーと、休みでも出てこられる人を集めてくれて、なかなかの人数が来てくれたのだ。


飲み会がスタートした時点ですでに私の隣に座っていた睦くんは、左手の指先で挟んだタバコの灰をトントンと灰皿で落としながら、なんだろう、と首をかしげた。

「美味しそう、って例えば料理を作って他人にそう言われたら、“いやいや実際に美味いから”って思うじゃん。ただの願望でしょ?」

「え、じゃあ“美味しそう”以外ならどんな感想でもいいの?」

「なんでもってわけじゃないけど…」

「美味しそう、は私の中で最上級の褒め言葉だよ?」

それ以外に言葉が見つからないくらいにね、とつけ加えたところで、向かいの席に座る厨房担当の社員さんの矢島さんが面白そうにけらけらと笑った。

その笑い声に思わず私も睦くんも会話をやめて彼を見ると、矢島さんはくくくと肩をいまだ震わせて「ごめんごめん」と手を振った。