母さんが鬱病だと診断されたのは高校に上がってすぐの頃だった。


「颯太、颯太、どこ行くの」

「バイトだよ。薬置いとくから12時、昼飯食べたあとちゃんと飲んで。何も食わずに飲むなよ胃が荒れる」

「二錠ね、うん、うんわかったわ」



 父親が女を作って出て行った。

 元からちゃらんぽらんな男で、家にも金だけ入れに月一で帰ってくるような適当なやつだった。俺が小学生の頃はまだ日曜なんかは家にいた。でも平日は仕事を理由にほとんど家に帰ってくることはなかったし、約束していた遊園地、水族館、運動会、参観日は立て続く残業でまともに一緒に行った試しはなく、母親に「私たちのために働いてくれてるから」と言われる度それが全てなのだと言い聞かせて我慢した。

 だがそれもとどのつまり社内で出来た女と時間作りたかったそれってだけで。その全てを知った時に学んだ。正直者はバカを見る。信じて待った人間に成功なんざ降ってこない。結局周り蹴落としてでも掴み取らなきゃそれは砂のように手から滑り落ちてしまうのだ。


 その末路がこれだ。


「13時になったら診察で医院のスタッフさんが迎えに来てくれるから。先生にちゃんと挨拶するんだよ」

「颯太は?颯太はいつ帰ってくるの」

「学校終わってまっすぐ帰って15時半」

「気をつけて」


 自分の身勝手で家を出たあの男はいっぱしの父親気取りで生活費を送りつけてくる。文字通り熨斗をつけて返してやった。それ以降仕送りは一切来ないけど。

 悲劇のヒーローなんか気取ってない。一心不乱に走ってれば光は見いだせるのかと思ってた。でも今走ってるここがもはやどこだかわからない。