*******

手を握ったことで、ふたりの間には不思議な空気が流れていました。
お互いがお互いを嫌ってはいないことは分かっていますが、しかし、まだそれだけなのです。あなたはあまり表情が変わりませんし、彼女もあなたに色っぽい話題を持ち掛けません。
お互い、恋人がいるかどうかも知らないのです。

あなたには恋人はいません。あなたは仕事を自宅に持ち帰ることが多く、それは今までの恋人たちとのデートの時間に及ぶこともありました。そうすると、いつも面倒な事態になります。文句を言われ、要望を言われ、それらに応える気になれないあなたは距離を置くのです。

あなたが恋人をつくる気になるのはプロジェクトが煮詰まっていないときのみで、それも煮詰まった場合にそばにいてもストレスにならないであろう性格の女性に限られました。
しかし、それが長続きしたためしがないのです。両者ともにストレスのない付き合い方を、あなたは見出だせないからです。

「そういえば……巡礼、って言っていたじゃないですか」

あなたは彼女に尋ねます。
彼女はハンバーガーを食べることを再開していたので、すぐに答えることはできず、コクリと首だけ頷きました。

「どういうことだか聞いてもいいですか?」

彼女はその問いかけにもう一度頷き、口の中のものをすべて飲み込むと、爽やかな表情で答えます。

「私の母が亡くなって一年経ったんです。法事のために取った休みを、院長が伸ばしてくれたので、せっかくだから母に縁のあった場所を訪ねて回ろうと思って。母の通った高校だとか、アルバイト先だったパン屋さんとか。そんなところをいくつか見てきました」

「……そうですか」