ケータイ小説 野いちご

この作品のキーワード

春にはなれない僕たちは、星を解かして影をつくる

はるのやくそく

***


人には誰でも陰と陽の部分があって、大抵見えるのはその陽の部分。
そして陰の部分というのは、その人が話してくれないとわからないものだ。

影というのは誰だって、見られたくなくて、隠したいものが多いから。


聖也はあの日、ひとりで逝ってしまった。
僕がきっと家族以外に最後に会った人——聖也の最期に出会った人だった。
高校が別れたせいで気づかなかったが、聖也の高校時代は凄まじいものだったとだけお通夜の時に聖也のお母さんから聞いた。
それ以上聖也の事を、やつれきった聖也のお母さんに聞くのは酷な気がして、何も聞けなかった。

ぴったりと閉じられた棺に、百合の花を贈って、僕は式場で涙一滴流さなかった。


聖也はいつあっても、影の部分をひた隠しにして微塵も僕に感じ取らせなかった。
他愛もない話の中には学校の話もよく出てきた気がするけれど、聖也は何も言わなかった。僕は一体聖也に、どんな言葉をかけていただろう。
どんな態度を取っていただろう。

思い起こせば起こすほど、自分の無神経さに腹が立って、失望して、自分のことが嫌いになった。
自分のこの性格を呪った。
自分の人生が不公平だと思った。
どうして自分の友達が奪われなければならないのかと、空に向かって叫びそうになった。

もっと物事を深く考えて、周りに注意を払える人間になる必要があったのに、それができなかった。
全ては後の祭りなのに、あの時こうしていたら、あの時そうしていればといくつもの後悔が波のように押し寄せて、僕の精神を少しずつ蝕んでいった。

悪いのは自分なのに、聖也の死のせいにして弱っていってる自分も自覚して嫌になって……というループを繰り返していたらあの日、とうとう学校に行けなくなってしまった。
人に会うのが怖かった。
どんな言葉をかけたらいいのか、どんな風に接すれば良いのか途端に分からなくなって、人に会うのが怖くなってしまった。


だから、僕は許されたかった。

全てに。
僕が今までしてきたことも、聖也のことも、全部、全部。
僕はこれまで通り、生きていていいんだと。
誰かに言って欲しかったんだと思う。


それがあとあと朱里になろうとは思いもしなかったけれど、あの冬の日に朱里に声をかけられた時は正直戸惑った。
自分が思いを寄せていた人に、なんて醜態を晒してしまったのかと穴があったら入りたい気持ちだったが、そんな羞恥心も忘れてしまうくらいに僕の心は憔悴し切っていた。

だから、例え取り返しのつかなくなることだとしても、あのとき僕は朱里に縋ることしかできなかった。
そうしなければそのまま壊れてしまった。
この後ずっと自分の好きなひとに枷をはめてしまって、一緒に犠牲にしてしまったとしても、自分をどうにか守りたかった。


僕は朱里を完璧に利用した。
自分のために。
寂しい自分の心を埋めるのに、朱里の優しさを利用した。

朱里は僕の心の傷を知る、家族以外では唯一の人間で、彼女の存在に救われていた。
食欲の失せた僕のところにやってきてご飯を作ってくれたり、僕の様子をわざわざ見にきてくれて、僕にいつも目を配ってくれていた。

それはもう献身的に。
見ているこちらが申し訳なくなるくらい、一生懸命に。
いつかはこの歪でおかしな関係を終わりにしなければと、何度も何度も朝が来るたびに意気込むのに、夜が来るのを目の前にしたらそんなことは到底言い出せなかった。

最初は償いのつもりだった。

あの時ばかりは許されたいと言う気持ちが大きかった。
朱里は聖也じゃないのに、あのとき泣かせてしまった朱里に優しくすれば、僕の罪は贖われると思った。
でも結局、朱里は朱里でしかなかった。

願ったり叶ったりの状況で、折角意中の人が手に入ったのだからそのまま手元に置きたいと思うのは人間の性らしい。
一緒に過ごしているうちに、朱里の現実主義なところとか、手際がいいところとか、実は身長が高めなのを気にしているところとか、おっちょこちょいなところがあるとか、偽りでも恋人として過ごした時間の中で僕が今まで知り得なかった朱里の様々な面を知って、「紫藤朱里」と言う人間に嵌るのは自然なことだった。


聖也への償いも、朱里への償いも忘れて、純粋な好きと言う気持ちだけで関係を築けたらなんて淡い思いを抱いていたから、自分からは朱里を手放せなかった。
それがたとえ同情から来た優しさであったとしても。


けれど、連絡を忘れた僕を思って、あんな思いつめた顔してやってきた朱里を見て、そんな願望は持つべきでないと、突きつけられた。
あの関係が全てで、始まりなのだから、もうどうしたって朱里の心が手に入るはずはなかった。
清いまま、純粋な好意で繋がることなど、到底無理な話だったのだ。


もういい加減解放してあげないといけない。
そろそろこの優しいひとを解放してあげなければ、可哀想だ。
いつまでも僕に縛られて、可哀想だ。

散々利用して来て今頃「もういいよ」だなんてお門違いも甚だしいけれど、それが一番いいと思っていた。
あの日背負わせてしまったものを、一つ残らず取り除いてあげたかった。
もうこんな人間に関わる必要はないのだと、安心させてあげたかった。

もういいよ。
もう僕のことで苦しまないで。
僕はもう十分立ち直ったから、こんな人間のことなんて気にしないで好きなところに行って。

僕のわがままで朱里の時間を無駄にしてしまったこと本当に申し訳なく思いながらも、そう言って送り出すつもりだったんだ。
でもそんなことは想像するだけで、実際にはできなかった。

朱里を傷つけることになったとしても、僕のことを好きになって欲しかった。
あっという間にすぎて言ってしまうときのなかで、一緒にいてほしいと強く願ってしまった。


< 46/ 50 >