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春にはなれない僕たちは、星を解かして影をつくる

ゆきがとける

「お前、なんかろくな人にひっかからなそうだよな」

「え?」


聖也はむしゃむしゃとつい先ほど賞味期限の切れたメロンパンを頬張りながら、僕を見つめて来た。嚥下があまり得意ではないらしい聖也は口の中を食べ物でいっぱいにしてから、ゆっくり咀嚼して食べるから、ハムスターみたいになる。
あったかい紅茶、と書かれたラベルのペットボトルから紅茶を冷える身体に流し込むと、内側からじんわりと暖かくなってきた。


「どういうこと?」

「例えばさ、どっかからかって来た安物のツボを『これは平安時代からの代物で』とか言われたら目を輝かせて買ってしまう人と同類そうってこと」


言っている意味はわからないけれど、バカにされていることだけはわかった。
いくら純粋だ、とか、天然だ、とか言われている僕でも詐欺か詐欺じゃないかの区別くらいはつく。これまでだって悪徳商法にも引っかかったことないし、オレオレ詐欺だとか「百万円当選しましたメール」を信じたこともない。

まあ、それでもサンタクロースは本当にいるのだと、その事実は真実だと疑っていない。
サンタクロースは絶対に存在する。
僕も高校生までは毎年サンタクロースが家に来てくれた。
尤も、いつも頼んだものではないものが送られて来たが、どれも僕にとって必要であったり嬉しかったものであったことは間違いない。


「僕そこまでばかじゃないよ」


多少の自分の脳の足りなさは自覚している。
例えば中学生になるまでUターンの意味を知らなかったり、「流石」と言う漢字を読めなかったり。聴力検査で本当は音がなったときに押さなければいけないボタンを、聞こえないときに押すものだと勘違いしていたり。
長年の付き合いの聖也ならわかってくれると思ったのに。

半ばあきれながら返すと、聖也はそうじゃない、と口の中のものを飲み込んだ。


「なんていうんだろうな、こう……うーん」


聖也は頭を抱えて唸り始めた。
自分から言い出したのにどうやらしっくりくる言葉が思いつかないようで、うんうん唸っている。

僕は聖也の言葉を待っている間に、おにぎりの包装をはがした。
これもつい数分前に賞味期限が来た昆布のおにぎり。
「タスケテクレ〜」などとメールをよこして来たから何事かと思えば、聖也はバイト先のコンビニ——今僕らは、そのコンビニの外で話しているのだが——でもらった、賞味期限間近(日付が変わったからもう切れているけれど)の食料の僕に突きつけて来た。
全部は食べられないから手伝って欲しいということだった。

実は今週末に提出の課題に追われて、まだ何も食べていなかったので空腹の僕は二つ返事でやってきた。スタッフルームを使っていいと言われていたが、どうしても外で話がしたいという聖也と建物に凭れながら、随分遅めの夕飯を摂っている。


聖也は尚も、今度は残りのメロンパンを咀嚼しながら考えていた。


「うまい言葉が見つからないんだけどさ」

「うん?」

「無自覚っていうか、なんて言うか」

「天然だね、とかならよく言われるよ。僕はいたって普通なのに」

「まあ、お前は天然だ」

「ええー……」

「だから天然って言うのとはまた違くて……」


空になったメロンパンの袋を小さく折りたたむと、聖也はすぐそばにあったゴミ箱の中に捨てた。空腹のあまり僕の胃袋の中に吸い込まれた昆布おにぎりのゴミもついでに一緒に捨ててくれた。さっきから聖也は食べるごとに出るゴミを僕の分も一緒に捨ててくれる。
「ありがとう」というと「お前はいちいち言わなくても、俺はわかってるから大丈夫だよ」と呆れたように笑われた。


「だからさ、そう言うことだよ」

「待って。全然意味がわかんないんだけど」

「俺もさ、こうしっくりくる言葉を頭の中フル回転させて探してるんだけどいいのが思いつかないのだよ」

「頑張って!」

「頑張ってるんだけどね」


聖也は今度はチョコクロワッサンの袋を開けた。
僕はもう随分冷えてしっとりしているコロッケに手をつける。

夜はあまり外には出ないようにしているから、こんなに外の空気が澄んでくるんだって、僕は今日初めて知った。
夏の夜空と違うのは気温もそうだけど、見える景色が少し違う、ように思う。
通りに面して入るけれど、この時間は交通量が少なくなるようで、一台自動車が通っていくだけでまるで爆音に聞こえる。信号はさっきから黄色だけを点滅させているし、電車だってもう通っていない。

ありとあらゆるものが息を潜めて、夜に紛れている。
こんな夜を、僕は今まで知らなかった。

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