ケータイ小説 野いちご

この作品のキーワード

春にはなれない僕たちは、星を解かして影をつくる

******

PM11:28



芯まで冷え切った身体のために、温かいお風呂をいただいた後は、私がスーパーで買ってきた半額シール付きの惣菜をいくつかつついただけで、二人ともシングルベッドに身を寄せ合った。
羽毛布団に二人すっかり包まり、お互いに背を向けて横になる。
隣からは早々に寝息が聞こえて来たけれど、私は緊張していまだに寝付けずにいる。


長い付き合いだけど、玲の家に泊まるのは今日が初めてだ。


寝床は予備で置いてある布団を借りて寝るつもりだったのに、玲が頑なに一緒にベッドで寝ると言って聞かなかった。
シングルベッドに大の大人二人は流石にきついと抵抗したけど、大丈夫だと言いくるめられて渋々隣に並んだ。
泣き過ぎたせいで腫れてしまった瞼の人にせがまれたら、こちらが折れる他なかった。
結局、僕は落ちてもいいからと、玲が布団の際に、私が壁側に。

二人入りはしたけれど、寝返りを打てば玲にぶつかってしまう距離で、寝れるはずもない。
おまけに寝巻きは玲の物を借りたから、自分の身体から玲と同じ匂いがして落ち着かない。


カチ、カチ、と壁に掛けられた時計の秒針音が、すっかり温度をなくした部屋に響き渡る。カーテンはきっちりと閉められて雪の明かりさえ入ってこない。
目はすっかり暗闇に慣れて、ぼうっと浮かび上がっている白い壁をただただ見つめていた。


静寂はかえってうるさい。雑音が聞こえる。
今この部屋に音を出すものは私や玲の息を吸って吐く音、心臓の音、時計の秒針の音、換気扇の音、それくらいしかないのに、まるで雑踏の中にいるようにざわざわという騒音が聞こえる。

聞き間違いではない。
はっきり聞こえるのだ。
耳を塞ぐと余計に大きく、耳の中で木霊する。

それらを振り払おうと頭を振って見ても、目をぎゅっと瞑ってみてもさわさわ、さわさわと耳の中を何者かが走り回っているみたいに、消えてくれない。
もしかして、星たちが騒いでいたりするのだろうか。
玲が言う、星は人間の命というのは本当で、彼らは何かを語りかけようと、あるいは申し立てたいと言って騒いでいるのだろうか。


他のことに集中してみればそれも紛れるかと、ぐるぐると考えていて、私は一つのことを思い出した。

夏の終わりのことだった。
久しぶりに大学時代の仲間で集まったときにひとり、どこか雰囲気が大学生の時のそれとはまるで変わっていたような子がいた。
理由を聞くと、つい先日彼女の好きだった女優さんが、志半ば病に倒れ、亡くなったということだった。
トップスターとは程遠く、まだ日本では無名に近かったが、どの出演作を見ても脇役で光っていたその人は彼女にとって、憧れだったそうだ。
訃報を聞いたときはショックのあまり数日会社を休んでしまったらしい。
それでも新入社員ということもあり、翌日からは普通通り出勤して業務もこなしたが周囲は彼女の異変に気付いて気遣ってくれたそうで、今は落ち着いているということだった。

そんな中、一人が呆れたように笑った。
それはただの感想程度で、彼女を傷つけようと思ったわけではなかったかもしれない。


——「なんでそれくらいのことで会社休んでんだよ」


当然、中には彼女の思いに共感できないものもいて、まだ就職したばっかりなのに家族親類の不幸でも体調不良でもないのに休むのはおかしいのじゃないかと疑問を呈する人がいた。
会社の中にもそのように彼女に声をかけた人がいたのかもしれない。
彼女は情けない、とでもいうように笑って「ホントだよね」と笑っていたから、その話題がそれ以上続くことはなかったけれど、私の胸のうちにその出来事は小さなしこりを作っていた。


私はその時思った。
人は多分一生かかっても誰かの気持ちを理解する事なんてできないんじゃないかって。
それと同時に玲のことが思い出されて、途端に怖くもなった。


あの日、玲が何を考えていたかなんて私には分からない。
ただひとつ確かなのは、私があの時玲を拾わなければ、きっと玲に会うことは二度となかったのではないかということだ。



「玲」


不意に口から漏れた。
静かな部屋の空気を、私の声が揺らす。
自分の声が、キンと頭で響いて思ったよりも大きな声を出してしまったことに気づく。


「……寝てる?」


もしかしたら起こしてしまったかもしれないと、確認するが、返事はない。
耳をすますと規則正しい息遣いが聞こえてくる。
ベッドに入って多分三十分は経っているから無理もない。
憔悴しきっていたのが漸く落ち着いたようだったから、疲れているはず。

首を捻って右をちらと確認したが、広い背中が見えるだけだった。

一応、確認して見ただけ。
ちゃんと聞いてくれなくてもいい。
なんとなく思ったことを口に出して見たい気分だった。

すうっと、冷たい息を吸い込んだ。

< 36/ 50 >