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春にはなれない僕たちは、星を解かして影をつくる

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桜の舞い散る季節に、出会いと別れは交差する。
パリッとしたスーツや、淑やかな着物袴に身を包んだ卒業生は、これからの新しい門出を祝われ、これからの未来への期待に胸を膨らませているようだ。
ただ一人、私を除いて。

ここに通うのも今日限りかと思うと感慨深いものはある。
四年という歳月は入学当時は遠い彼方のことのように思えていたのに、過ぎ去って仕舞えばなんて早かったのだろう。

時間というものはかくしてそんなようなものに思う。
その時点までは途方もなく長く感じられるのに、過ぎて仕舞えば台風の風に吹かれるみたいにあっという間だ。


仰々しい卒業式を終えて、友人との記念撮影も終えたところに玲はやって来た。
朝、「式が終わった後に話したいことがあるから一緒に帰ろう」と言われていた。
友人たちは「じゃあ、また後でね」と複雑な表情で私のことを見送って、玲だけが笑顔で手を振り返していた。


桜の園のように見渡す限り満開の桜の木が立っているこの学校が「桜校」という、実際の大学名と全く関係ない異名が付いているということは、入学してから初めて知った。
どこを歩いても桜が雪のように舞い散り、コンクリートの歩道にはたくさんの花びらが落ちている。

風が吹くたびにハラハラと花びらが散って、誰の頭の上にも花びらが乗っかっていた。
でもそれは溶けてしまうことがないから払ってあげる必要がある。
玲の頭の上にも何枚も花びらが乗っかっていて、声をかけて払ってあげようと思ったけれど、やめた。

普段からセットされることのなかった玲の猫っ毛に、花びらはうまい具合に絡まって、なんかちょっと可愛らしかった。

慣れない草履を履いて、袴の裾を引きずって、グレーのスーツに身を包んだ玲の一歩後ろに続いて歩くこと暫く。
大学の門を跨ぐ前に、玲がこちらをちらりと確認して、私の手を取った。


「似合ってるね、袴」


玲の言葉はオブラートに包まれることもないし、お世辞でもないのでいつでも直球。
嘘じゃないってことがわかっているから、気恥ずかしくなる。
それを素直に喜べないのは私の悪い癖で、話題をすぐにすり替えた。


「玲もスーツ似合うね。キリッとして見える」

「本当? みんなにも『いつもはぽやっとしてるのに、スーツだと締まるんだな』って褒められたんだ。これスリーピースなんだよ」


玲の私服センスがほとんど皆無なのは周知の事実だった。
クローゼットの中を見れば、まともなのもなくはないのだが、普段平日に大学で会う時には玲の「着やすいから」という基準で、夏場はへんな文字とか絵がプリントされたTシャツを着ていたり、冬場は同じパーカーを着まわしていた。

でも確かに、フォーマルな格好は玲にとてもよく似合っていた。
細身で長身の玲はともすれば印象がぼやけてしまいそうなグレーのスーツをきっちり着こなし、合わされた紺色のネクタイもすっきりと上品に見せている。


「買ったの?」

「ううん。親戚のお兄ちゃんから借りた。でも朱里の袴は自前だもんね」

「……そうだね」

「いいな。あったら僕も袴着たのに」

「男の人で袴着てる人いないでしょ」

「文学科の大道寺くんは紋付袴だったよ。すんごい似合ってた」


大道寺くんが誰かも、どんな袴を着ていたのかも知らないけれど、私のは紺色の袴に、桜の刺繍が施された薄桃色の着物。
お母さんの卒業式にも着られたこの袴は、おばあちゃんが丁寧に保管してくれていたおかげで保存状態がとても良かった。
タンスにしまってあったのを引っ張り出したときにあった脱臭剤の匂いもすっかり消えて、思い出の香りだけがする。


「着付けと、髪を結ってくれたのおばあちゃんだったんだけど、髪留めね、褒めてくれたよ」

「本当?」

「うん。センスいいのね、って」

「良かった」


ホッとしたように玲は笑った。
着付けをしてくれたのはおばあちゃん。
式にもおじいちゃんと二人で参列してくれて、足が悪いからと写真を撮ったら家族と先に帰ってしまった。お父さんのおじいちゃんおばあちゃんも見にきてくれて、散々私の袴姿を褒めちぎってくれた。

その上、私のミディアムヘアをシンプルなハーフアップで結ったその結び目を留めた、桜をモチーフにした髪留めまで絶賛してくれたので、玲のことを話さざるを得なかった。
お陰で散々質問ぜめにあって、私の何かが死んだ気がするのだが、私もこれはすごくお気に入りで、実は今日の当日まで机に飾っていたくらいだ。

卒業の1週間前、突然「プレゼントがあるんだ」と渡された木箱の中身は高価そうな髪留めだった。

誕生日でも、記念日でも、何かイベントがあったわけでもないのに玲は「デパート行った時に見つけて、朱里に似合いそうだと思ってた買っちゃった」と贈ってくれた。
あくまで私たちは「仮の恋人」だったから、特別な祝い事はしないできた。
バレンタインも、クリスマスも、記念日や誕生日でさえ、普通の恋人がすることとは何も関係がなかったように過ごしてきた。

下手に思い出を作ってしまうのはなんだか違う気がしたし、私も偽りのものなら欲しくないだなんて相当わがままな人間だから、一緒にご飯食べたり、出かけたりしたりはしたけれど、それ以上のことは何もなかった。
玲も同じように感じていたのかもしれない。
世間には「恋人」として振舞ってきたが、実際はちょっと周りよりも親しい異性という存在と言えるのかも怪しいくらい、私たちの関係は不格好だった。

玲から何かもらえるなんて、きっと最初で最後だろう。
潮時だと、判断したに違いない。
最後くらい餞別に何かくれてやってもいいかもしれない、という情けからだったのかも。
もし仮にそうだったとしても、嬉しくて、残りの学生生活も、おそらく今から伝えられるであろう別れ話が来ても、耐えられる気がした。

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