ケータイ小説 野いちご

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春にはなれない僕たちは、星を解かして影をつくる

***


「朱里さ、萩谷と付き合ってたんだね」


昼休みに突然そんなことを言われて、私はマーライオンのように水を吹き出した。
幸い目の前の友人たちに被害は及ばなかったが、床が大変なことになった。
学食の人に言って、モップで汚したところを拭きながら平静を装って「なんで?」と聞き返すと、都合のいいように行間を読んだ友人たちは、ニヤリと口元に笑みを浮べた。


「なあんだ。早く言ってくれればよかったのに」

「それなら、新歓の後の態度の変わりようも納得だよ」

「『いやよいやよも好きのうち』っていうもんね」


ひとの、ありもしない浮いた話で盛り上がる友人たち。
さっぱり話が見えずに盛り上がりたいだけ盛り上がっているのを、一度制した。


「なんでそんな話になってるの?」

「朝紗栄子が言ってたんだ。紗栄子のアパート、萩谷のところからまあまあ近いらしくて、それで昨日の夜、帰り道に二人が駅まで仲よさそうに歩いて行くの見たんだって」

「今日萩谷のやつ風邪ひいて休んでるんでしょ? 見舞いに行こうか男どもが話してたけど、朱里の話しちゃったの。そしたら『あいつ彼女いないはずだったのに』『抜け駆けだー!』って騒いでた」

「え、ちょっと」

「あー、でも全然大丈夫。完璧お祝いモード。だってあの萩谷だし」

「間違ってなさそうでよかったよ」

「でも、ちょっとお節介だったかな。ごめんね、こんな真似して」


萩谷玲が今日休んでいる、ということよりも、萩谷玲には彼女がいない、というその事実に少しだけホッとした。
出過ぎた真似をしてしまっただろうかと、昨日も気になってなかなか寝付けなかったのだ。


けれども、私と萩谷玲が付き合っているだなんて。
噂にもほどがある。
やむを得ずそういうことになってしまったのだと弁解しようと口を開いたが、私は昨日の服で散らかった玲の部屋を思い出した。

また昨日のように、萩谷玲の部屋は大量の洋服で埋め尽くされているだろうか。
もしここで私たちが付き合っていないことを事実にしたら、萩谷玲の友人は彼を訪ねるだろう。そうした時にあの光景を目撃すれば、不審がるに違いない。
萩谷玲のことだからうまい具合に誤魔化して、それをみんなは信じるかもしれないけれど、その光景の異様さは変わらない。

それなら変に萩谷玲の事情が勘ぐられるより、私が彼女だという嘘に隠してしまったほうがいいのではないか。
今の所はこれで凌いで、みんなが忘れた頃に適当に話を合わせておけば良い。
私の一人で勝手に申し訳ないと思いながらも、同調しておくことに決めた。


「ううん、大丈夫。むしろなんかごめん」


騙すような真似をして。

友人たちは「いいよ、いいよ」と揶揄うように笑う。
良心の呵責に苛まれて、ギシギシと痛む胸には見て見ぬ振りをした。

それから萩谷玲との馴れ初めだとか、なんだとかと色々聞かれたけれど、全部「今度ね」と躱した。物足りなさそうにしていた友人たちだったが「じゃあ今度全部吐かせるからね」と、午後の授業の予鈴とともに立ち去って行った。
弁当は結局完食することができずに、半分以上残ったままで蓋をしてカバンに突っ込んだ。


私はそれから、どのように萩谷玲の部屋を訪ねようか悩んでいた。


あんなことを言ってしまった手前、口裏合わせはしないといけない。
しかし私たちの関わりはあってないようなものだったので、萩谷玲の連絡先はもちろん知らなかった。

彼女だという設定なのに連絡先を誰かに聞くのはおかしいし、かと言って病人のところに突然訪ねるのは気が引けて、何かいい案はないかと授業中ずっと考えていた。

全ての講義を終えて講義室を出て、何かお見舞いがわりになるものを持って行こうかと思い立った時、向こうから私の方へやってくる一人の男性がいた。

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