ずっとずっと、

“キス”ってどんなものなんだろうと思っていた。


ほかの人の唇が自分の唇に触れるなんて、想像もつかなかった。


だけど、わたしは“キス”というものに憧れていた。


“スキ”だから“キス”をする。なんて素敵な愛情表現なんだろう。


まだ一度も彼氏ができたことがないわたしは、当然キスもまだで。


いつかスキな人ができて、恋人になれたら、とびっきり想いを込めたファーストキスができたらなあ……そんな妄想をたまにしたりして。


まさか、夢にまで見たファーストキスが、あんな形で──


………いや、あれは、ファーストキスではない。


なぜなら、想いなんてさらさらないたんなる事故キスだからだ。


それなのに、まったく経験のないわたしはあれほどまでに真っ赤になって、戸惑いを隠せずに逃げ去ってしまった。


しかも、相手は同じクラスの男子──


あの、世良匠くんだったんだ。


あのときは頭が爆発しそうでなにも考えられなかったが、

思い出してみると、世良くんは、極めて冷静だったと思う。


『……のいて』


表情はいつものポーカーフェイスだったし、口調も淡々としていた。


きっと世良くんはキスに慣れているんだ。


当たり前だよね。

女の子からすごくモテモテな、彼。

高校に入ってから恋愛事情は聞いたことがないけれど、実は彼女がいるかもしれないし、今までにだっていただろうし。


わたしみたいなちんちくりんとキスしてしまったくらいで、どうってことないんだろうな。


ちんちくりんって自分で言っておいて、悲しくなってきちゃったよ。


…と、とにかく!

あのキスのことは忘れよう。


わたしは必死であの一部始終まるごと頭から消去するようつとめたのだった。