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生徒会長時給850円!

バレンタインデー

暦の上では春らしいが、まだまだ寒い日が続く2月上旬。私がここにいられるのは3月1日……つまり卒業式までだ。あと1ヶ月もない。そう考えると、何だか心が冷えるような寂しさがある。

文化祭も終わったし、卒業式までは大きな行事はない。だから、今はチャリの整備や生徒会室の掃除など、簡単な業務だけだ。

意味不明な生徒会の事件も無事解決し、何故か恵実ちゃんと戸倉君がTCBのグループに入ることになった。事件解決のために結成したTCBだったが、まさか犯人まで加入するとは……。

彼らとは廊下などで会えば挨拶をし、夜にメッセージのやり取りをする仲になった。思えば、バイトを始めた頃は、こんな日常を想像してなかったな。ただ毎日の暇つぶしと金稼ぎのためだと思ってたのに……。今では彼らと過ごすことがメインになっている。私は高校生じゃないのにな。我ながらおかしくて、思わず笑ってしまう。

事件が終わってからも、TCBは放課後によく遊びにきてくれた。そして、下ネタトークに花を咲かせていた。そんな彼らに紅茶を振る舞うのが、私の役目でもあり、楽しみでもあった。



今日は、塾が休みの兵藤兄弟と、相変わらず美しい顔立ちの三波君が生徒会室に来ている。

恵実ちゃんと戸倉君は部活が忙しいらしい。とはいえ、あれから2人の時間も大切にしているようで、よく2人で楽しそうに下校する姿を見る。そんなシーンを、私は心穏やかに眺めていた。

夜宵君は用事があるらしく、本日は不在だ。またお母さんにおつかいを頼まれたのだろうか?

いつものあの笑顔が見れないのは少し寂しいな……そう思っていた矢先…………

「そんなに寂しそうな顔をしないで下さい、ミス・エミリオ」
「えっ!?」
「ミスター・夜宵がいなくて寂しいのはよくわかりますが、どうか元気を出して下さい」
「なっ……!!」

切れ長のまつ毛を揺らす三波君にそう言われ、私は2回連続でひょうきんな声を出した。マスクで顔を隠しているのに、表情で気持ちを悟られたのか……!?

「俺達じゃ夜宵の代わりにはならないかもしれないけど、シノヴィアには元気でいてもらわないとな」
「うんうん! きっと次はやよちゃんも来てくれるから元気出して!」
「君達まで…………」

なんと、兵藤兄弟にまでそう思われていたとは……。私は慌てて首を振った。

「い、い、いや、君達がいてくれてとても楽しいよっ……! 私は十分元気だし…………ま、まあ、ちょっと寂しいけど……」
「しかし、恋人がいないのはやはり心細いでしょう?」
「こ、こ、恋人っ!?」

三波君は目を細めて私に問いかける。こんないたずらっぽい顔をされると、全国の女性が恋に落ちる……って、今はそれより!

「や、夜宵君が、わ、私の、こ、恋人……!?」
「え、違うのか?」
「えみりん、やよちゃんと付き合ってるんじゃなかったの?」
「違う!!」

きょとんとしている兵藤君とへいちゃん。わ、私が夜宵君と付き合ってるだなんて……そんな夢みたいなことがあるかっ!

「そうなのですか。私はてっきり交際しているのかと……初対面の時も、お2人は一緒にいましたし……」
「初めて2人が俺のところに来た時、夜宵は『彼女がいたことがない』とは言っていたが……どう見ても付き合っているとしか……」
「それに、やよちゃんと一緒にいる時、えみりんはいつも幸せそうな顔をしてるからね!」

なんということだ。た、確かに事情聴取をした時から一緒にいたけど、3人ともそう思っていたんだ……。嬉しい反面、少し恥ずかしいような……。

「……そう見えたかもしれんが、私と夜宵君は決して付き合ってないぞ!」

照れ隠しに強気になってしまった私。……そりゃあ、恋人になりたいな、とは思う。だけど、夜宵君は私のこと特別視はしてないだろうし、私はもうすぐでこの学校からいなくなるんだ。

恋人同士に見られて、嬉しいけど何だか心が切なくなる。バイトという契約だから、最初からわかっていたことだけど、やっぱり離れるのは寂しい……。

ぼーっと夜宵君の優しい笑顔を想像していると、ふいにへいちゃんに声をかけられた。

「でもさ、えみりんはやよちゃんのこと好きってことだよね?」
「…………っ!!」

完全に図星だ。片想い歴1年ちょい。場所が変わったとはいえ、彼への想いは変わらない。

私が何も言えず黙っていると、他の人にも次々と質問攻めをされた。

「シノヴィアが見つめる先は、いつも夜宵な気がするからな」
「ふふ、恋をする女性はやはり可愛らしいですね」
「み、みんな…………」

3人は一斉に私を見つめ、ニヤニヤとしている。私は熱くなった顔をさらに手で覆う。隠すところなんて目くらいしかないのにな……。

何だろう、このぐるぐると混ざり合う感情は。嬉しさ? 恥ずかしさ? それとも寂しさ? 心も熱いのに、何故か正の感情だけじゃない気がするんだ。

どうしようもなく揺れ動くこの気持ち。らしくないな、と思うが、黙っているのもどこか釈然としない。

私は手を下ろし、目をちらちらと泳がせながら彼らを見た。

「……でも、私は臆病だから、夜宵君に何もできなくて……」

ああ、恥ずかしさでどんどん目線が下がる。そんな時に夜宵君の笑顔が浮かぶおかげで、余計に胸が締め付けられる。

再び私がだんまりしてしまうと、低くて優しい声がかかった。

「そんなことない。事件のことや文化祭のことで、夜宵と過ごすことが多かっただろうし、例え小さなことでも、シノヴィアの頑張りは夜宵にも届いているのではないか?」
「兵藤君…………」

兵藤君の笑顔がキラキラと眩しい。前髪で顔がほとんど見えていないのに、彼の優しさが溢れている。

私が頑張ったこと……全然ない気がする。せいぜい、クリスマスにゲーセンに誘ったくらいだ。あとは、正体を明かしたことで、少し距離が近づいたかもしれない……それくらいかな。

「脈はアリアリだと思うよ! やよちゃんって普段はふわふわしてるけど、えみりんに対しては男らしいところも見せてるし!」
「ええ。『僕が守るよ』だなんて言葉、そう簡単には言えませんし、自信を持っていいと思いますよ?」

そう言ってへいちゃんと三波君は微笑む。何て優しい人達なのだろう……。こんなバイト女に対して、励ましの言葉をくれる……。もしお世辞だったとしても、私には十分だった。

「ありがとう……」

3人の言葉に心が優しく包まれた。もちろん、夜宵君のことはとても好きだけど、彼らのこともすごく信頼している。そんな彼らとももうすぐでお別れか……。3人は私がバイトであることも、ここを去ることも知らないだろうから、私はとても複雑だった。

心臓の音も感情の変化も騒がしくしている私に、三波君は手を叩いて立ち上がった。

「そうです! もうすぐバレンタインデーですよ! ここでミスター・夜宵にアピールしましょう!」

そう、か……バレンタインデー……。1年前に渡せなかった、あの思い出……。鞄の中で寂しく眠っていたチョコレート。夜宵君がいなくなって、どれだけ後悔したことか……。

「本当だ! バレンタインデーでやよちゃんにぐっと近づこう!」
「うむ、バレンタインデーは定番の行事だし、想いを伝えるにはもってこいだな」

まるで自分のことのようにはしゃぐ三波君達。生徒会室と私の胸に光が射す。いつだってTCBは、暗い気持ちを吹き飛ばしてくれる、そんな存在だ。

彼らに出会えてよかった。心からそう思う。

「……そうだな。今年はバレンタインデーにちゃんとあげたいな。みんな、ありがとう」

もう何度目かわからない、マスク越しの笑みを浮かべる。

私を変えてくれてありがとう。私を成長させてくれてありがとう。

今年は……夜宵君に全てを伝えよう。あの時と変わらないこの想いを……。

「兄ちゃん、そういえばバレンタインデーも僕達は塾だよね?」
「ああ、確かそうだ。クリスマスといい、大事な日に限って塾だなんて……」
「ねぇ兄ちゃん、今年はどっちが多くチョコもらえるか競争しようよ!」
「いいぞ。まあ、サトルには負ける気はしないがな。彼女ができるのもチェリーボーイの卒業も含めて」
「違うよ! 全部僕の方が先だからね!」

「君達兄弟は全く……」

また喧嘩を始めた。兄弟でチョコの個数で言い争うのはまだしも、彼女とかDTって……。特にDT卒業しただなんて、普通家族に言わないだろ……。というか、毎年それなりにチョコをもらっているのか? やはりモテるんだなぁ、この2人。

「バレンタインデーといえば、1年で2番目か3番目に性行為が多い日ですよね。ミス・エミリオ、その日までにテクニックを磨かなくては……」
「誰が磨くかっ!!」
「残念ながら私は知識だけでして、実践したことはないのですよ……ですから、こちらの本を参考に……」
「本を出すんじゃない! チョコ渡してそっちも誘うって、私は変態か!!」

三波君は鞄から性教育の本を出そうとするが、私は必死に阻止した。いくら優しい夜宵君でも、私がそんなことしたら絶対ドン引きするだろう。

1年で2番目か3番目に多い? 1番目は……? クリスマスか……。 その次がバレンタインデーやホワイトデー、クリスマスイブのどれかか。って私も十分変態かよ……。

しかし、TCBのおかげでバレンタインデーにお菓子を渡す決心ができた。もうこんな日々も長くは続かないかもしれない。今まで支えてくれた人達や、生徒会室をはじめずいぶんとお世話になった部屋……ひとつひとつが鮮明に思い出される。私は小さく微笑み、目を閉じた。

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