―その時は、突然だった。


一人の青年が、後宮内で走り回って。


「死にたくないのなら、逃げろ!」


そう言われて、侍女たちが飛び出す準備を始めて。


宮の外に出ると、後宮の一角は燃え盛っていた。


「なっ、何がっ……」


「説明はあとだ!死にたくないのなら、とりあえず、逃げるんだ!!」


不思議な身なりの青年は、何故か、皇后様付きの杏果様を連れていて。


裁縫をしていた夏艶は、半信半疑で飛び出した。


青年達に促されるまま、宮から遠ざかると、既に近くなっていた火。


周りが早くて……、そういえば。


「蘭怜!蘭怜はどこ!?」


乳母に寝つけを頼んでいた、娘の姿が見当たらなかった。


極秘の存在だけど、今は仕方がなかったのだ。


あの子がいなくなってしまえば、いよいよ、夏艶に生きる理由はない。


失敗だった。


翠蓮様の皇后になったお祝いは、今、作らなくてもよかったのに。


「―向淑妃!」


どこからか、若琳が駆けてくる。


今日は別の仕事に就くとかで、彼女はいなかった。


だから勿論、彼女の腕に、あの子はいない。


「蘭怜がっ!」


泣きつくと、若琳の目の色が変わった。


「中ですか!?」


「多分っ、寝室に―……」


「分かりました!」


その一言で、すぐに向かおうとする若琳。


でも、危ない。


きっと今いったら、戻ってこれない。