立后式―……。


賑わう、下町で。


「……誰もが、新しい皇后陛下を一目見ようと必死だ」


横で、男はつぶやく。


「……何をしているの」


「君を口説きに来た」


「馬鹿じゃないの?帰ったんだと思ってたわ」


「帰ったよ?でも、やっぱり、君が惜しくなって戻ってきちゃった」


素性のわからぬ、青年。


数月ほど前から、杏果にくっついては手を貸してくれる、不思議なやつ。


(求婚された時には、頭がおかしいんじゃないかと思ったけど……)


どうやら、求婚の件は本気だったらしい。


まだ、成人していない娘に言いよるなんざ、本当、正気の沙汰ではない。


「……私のどこを見て、好きなんてほざいてるの」


「え?」


「会ってから、数回……急に求婚されたとしても、―例え、成人していたとしても―応じるわけないじゃない?」


「んー」


すると、少し考えた素振りを見せた彼は。


「全部?」


なんて、また、巫山戯た事を口にする。


「そんな曖昧な理由で、好きだなんて言わないでっ!」


自慢でもなんでもないが、両親が死んでしまった後、杏果は花街に売られた。


そこには色々な事情でやってきた人達が沢山いて、怖いと思う同様、優しくしてくれる小姐(ネエチャン)たちと仲良くなって、お客である人間の理不尽さなども、沢山見たんだ。


そんな軽口で誘って、最後は捨てられる……そんな恋に身を溺れさせてしまった愚かな遊女たちを見ている分、色恋には真剣になれなくて。


この男の軽口だって、信じられるわけがなかった。


―名前だって、知らないのに。


前に聞いたら、誤魔化されたのだ。


『名前?えー、俺の事好きになってくれた?』


―その時から、尚更、心を許さないと決めた。