「―追いかけませんの?」


空を切った自分の手を見つめていると、雪麗にそう尋ねられた。


栄貴妃―栄雪麗。


現在、黎祥の後宮において、最上位の妃だ。


「……追いかけられるわけ、ないだろう」


「どうして?」


「あいつは……私の妃ではない」


自分に言い聞かせるように、呟く。


翠蓮は……自分の妻にはなるという選択肢を、与えなかった。


何故ならば、彼女だけを愛し抜くことは出来ないから。


「……はぁ」


すると、大袈裟に、栄貴妃はため息をついて。


「翠蓮も、貴方も、面倒臭い人ですね」


「……何?」


訝しげに聞き返すと、


「面倒臭い人ですね、と、申し上げたのですわ」


ハッキリと、返されてしまった。


「どういう意味だ?」


彼女は、黎祥の寵愛を受けてはいない。


何故なら、黎祥は皇帝としてではなく、一人の人間として、彼女を訪ねることが多いからだ。


彼女の不貞を知ったのは、本当に些細なことがきっかけで。


たまたま、変装して彷徨いていたら、彼女の密通現場を見てしまっただけのこと。


相手は、まさかの翠蓮の兄。


自分を罰して、栄貴妃を見逃してくれと命乞いする彼を見て、黎祥は罪を問わないと言った。


だって、自分に似ていたから。