その日は、勿論キス以上の事はなく、社長は仕事のため、私を家まで送り届けると、そのまま車に乗って行ってしまった。

淋しさ半分幸せな気持ち半分。

それを噛み締める一日。

でも、それは、その日だけだった。

社長は、その名の通り、笠原商事の社長だ。

そう簡単に会うことなんて、叶わないのだ。

気持ちが通じたからといって、いつも一緒なんて、無理なのだ。

だからと言って、無理もワガママも言えない。

「そんなに泣きそうな辛そうな顔をするくらいなら、言えばいいのに」

仕事の休憩中、屋上でお弁当を食べる私に喋りかけてきたのは、瑞樹だった。

「瑞樹さん」

瑞樹には、社長とのことなんて、何も言ってない。

「良樹が結愛をあんな連れ去りかたしたんだから、何かあってもおかしくない。…両思いになったんだろ?」

そう言った顔は、私なんかよりもずっと辛そうな顔をしている。

「社長である前に、一人の男だよ。結愛の彼氏だろ?ワガママの一つや二つ、言ったっていいんだよ」

その言葉に、首をふる。

瑞樹はため息をついた。

「…それに気づかない良樹も良樹だけど」
「社長のこと、悪く言わないでください。…社長は、その肩に、こんなに大きな会社を背負ってるんです。私の小さなワガママなんて、取るに足らない」

「…バカだな。それが、自分を苦しめるんだよ。そう言う愛し方なら、やめちまえ。結愛は幸せになんてなれない」

そう言うと、瑞樹は屋上から降りていった。